最終話 その後(エドワード視点)
退院してから、毎日が慌ただしかった。
伝手という伝手を辿り、考えることも用意することも山積みで、金策もしなくてはいけない。
遠巻きながら父親の商売を見ていたのが思わぬ形で少しだけ、役に立ってしまった。
勇者の称号は自分から返還した。さすがに魔王と契約したなんて知れたら命がないので、黙っておく。
魔王が倒された今、知る者は俺とチハヤしかいない。それを言ったら、「二人だけの秘密ですね」とチハヤはえらく嬉しそうだった。
ちなみに魔王はロイとかいう奴が仲間と共に倒したらしい。新入りのくせに俺より強くなるなんて、生意気な奴だ。……とは思うものの、その実あまり気にならなかった。もう俺とは関係のないことだ。
ちりんちりん、とベルの音が音がする。チハヤの「いらっしゃいませ」と言いかける声が聞こえた。
「あ、お久しぶりです」
「おひさ~」
「久しぶり。元気そうね」
「お久しぶりです」
「……なんだ、お前らか」
入り口に立っていたのは、見慣れた三人組。
「せっかく来てあげたのに、なんだって何? ……あ、チハヤ、いつものポーションちょうだい」
「はーい」
「エディ、元気そうで何よりです」
「……保護者面すんなよ」
本当の保護者にそんな風に言われたことはないが。
「冒険者よりこっちの方が似合ってますねぇ」
「は? そうか……?」
自分ではわからない。
「はい。なんだか生き生きしています」
「そう、か……」
なんとなくこそばゆくなって頬をかく。マーガレットがニヤニヤとこちらを見ていた。
「ふぅ、とりあえず今日も赤字回避ですね」
片づけを終えると、チハヤが帳簿を付けていた。
二人で居住スペースへと引き上げる。広くはないが二人で慎ましく暮らすには十分だった。
食事をし、体を拭き、寝るまでの少しの間、のんびりと過ごす。
「……お前には、感謝しないとな」
俺の言葉にチハヤが勢いよく顔を上げた。あのエドワードが感謝を口にした、とでも思っているのだろう。何も言い返せない。
「感謝されるようなこと、してません。むしろやっと恩を返せたというか」
「いえ、そんなの気にしないで下さい! むしろ俺が今回恩返しをやっと少し出来た感じで」
「俺が気に何だよ。貸しを作るのは好きだが借りを作るのは好きじゃねぇ」
というかコイツは俺の何に恩を感じているんだ。恨まれる覚えは山ほどあるが、感謝される覚えはまったくない。
俺の言葉にチハヤはしばらく視線をウロウロさせたあと、おずおずと口を開いた。
「じゃあ、久しぶりに報酬、ほしいです……」
「報酬? 金ってことか?」
自分の分の金を入れた袋を手に取る、がチハヤは驚いたように「あ、いえ、お金じゃなくて」と首を横に振った。驚きたいのはこっちだ。
「じゃ、なんだ。具体的に言え」
チハヤはなぜか顔を赤らめ、口をもごもごと動かした。早く言え、と少し苛々する。気が短いのは死にかけても直らないらしい。
「……エドワードの」
「俺?」
俺の? なんだ。
「エドワードの、です」
きまり悪そうに視線がそれた。
「……は? おま、何言って」
「前は、くれたじゃないですか」
「ほ、欲しかったのかよ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
前。確かに冒険者時代何度か“報酬”と称してそういう行為をやらせたことはある。しかし報酬などというのは当然建前で、性欲処理半分嫌がらせ半分だった。チハヤがあまりに嫌がらないので少々ヒートアップしたが、それでもチハヤから求められるというのは前提に無い。
「だ、だめですか?」
「し、仕方ねぇな。今回の功労者だ」
まずい。顔が熱い。しかしそれを悟られるのは絶対に嫌だ。
なんなんだコイツ、自分からそういうことしたがるとか……。なんで目をきらきらさせてるんだ。そんなに俺のその、なんだ……俺のが好きなのか。
「ほら、しゃぶれ」
いつものようにズボンを下ろすが、手が震える。チハヤは一足先に俺の前に跪き、上目遣いに俺を見ていた。
なんだその顔は。好物を出された犬みたいな顔しやがって。
「跡ついてる……」
チハヤは鏡をのぞき込んだまま、恥ずかしそうに首筋をなぞった。改めて見るともはやグロテスクなほどに大量のキスマークが付いている。
我ながらやりすぎだ。反省はしないが。
「嫌か?」
嫌ではないのは顔を見ればわかるのだが、あえて聞く。
「いえ! エドのものって感じがして嬉しいです」
すると予想通り楽し気な声が返ってきた。
「感じじゃなくて、お前は俺のもんだろ?」
俺の言葉にチハヤの顔がぱっと明るくなり、「はい!」と再び元気な返事がくる。
物扱い、それも所有物扱いされて喜ぶなんて、変な奴だ。首輪を渡してもきっと大喜びで着けるだろう。今度渡してみるか。
顎をクイッと持ち上げてみると、面白いくらいに顔が真っ赤になった。
基本ポーカーフェイスのコイツは、俺の前だところころ表情を変える。それがまた支配欲をくすぐった。
俺だけに従順な、俺だけの……俺だけの、なんだ? 犬? なんかすごい犬っぽいよなコイツ。
藍がかった黒髪が、窓から差し込む日の光を反射してきらきらと輝く。星が輝く夜空のようだ、と柄にもなく繊細な表現が浮かんだ。
「あの、またがんばったらこういうの、してくれますか?」
「は?」
こういうのってなんだ? と思いながらチハヤを見ると、恥ずかしそうにキスマークを触っていた。
「……お前もしかして」
「え?」
「報酬って言い方、真に受けてたのか?」
「えっ!?」
文字通り目を丸くしている。
「あんなもん、建前に決まってんだろ……」
「えっ? えっ、じゃあなんでその、抱いてくれたりしたんですか?」
「俺が抱きたかったからに決まってんだろ」
抱きつぶして気絶している間に魔王の所に行くという打算はあったが。しかし気絶させる方法なんていくらでもあるので、抱いていたのもましてや咥えさせていたのも直接それとは関係がない。
「えっ、えええええ!?」
みるみるチハヤが真っ赤になっていく。クローディアに貰ったリンゴを思い出した。
コイツマジで報酬だと思ってたのかよ。
「てかお前こそ嫌じゃなかったわけ」
「嫌なわけないでしょう」
真顔で断言された。
「お、俺の具合、いいですか……?」
「……」
自分のことを何だと思っているのか。
「その、今後も」
「次の定休日前、準備しとけ」
「はいっ」
顔を赤らめながら元気よく返事をしたチハヤを見ながら、俺がチハヤのことをそういう意味で好きなのは果たして伝わっているのかと不安になった。
この感じだと、病院での告白もキスもきちんと伝わったのか怪しい。
まあいいか、と思って軽く口づけると、「ぎょわあ」と色気のない悲鳴が返ってきた。




