第17話 エドワードという人
「……チハヤ?」
聞き慣れた声が石から聞こえる。
「クローディア、助けて……」
その瞬間、意思とは関係なく口から勝手に言葉が零れていた。
助けて、なんて音、初めて口にする。――弱音を吐けないのは、エドワードだけではなかったらしい。頭の中の変に冷静な部分が分析する。
「チハヤ!? どうしたの!? どこ!?」
「洞、窟……」
ここがどこかわからないまま、とりあえずわかることを説明する。とりあえず伝わったらしい。
「すぐ行く!」
クローディアは説明を求めなかった。ただ、行くとだけ。
それは無償の優しさ以外の何物でもなかった。
近くに生えていた薬草で応急処置をする。もし俺に魔力が少しでもあれば、もう少しマシな処置がしてあげられるのに。
エドワードは気を失っていた。しかし息も脈もある。むしろ痛くないだけ、気絶してくれている方が良かった。もっとも、痛みになど慣れてしまっているだろうけれど。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。おそらくそんなに経っていないが、永遠にも感じられた。
「チハヤ! エディ!」
振り返る。見慣れた紫、赤、銀。
マーガレットが弾丸の如く飛んで来て、エドワードに手をかざした。回復魔法をかけ始める。
少しずつエドワードの顔色が良くなってきた。安堵すると同時に、俺には絶対にできない助け方に胸が痛む。
「これで一先ず大丈夫です。とはいえ応急処置に過ぎませんから、すぐに病院に行きましょう」
これが応急処置だと言うのなら、俺が先ほどやったのは一体なんだったのか。焼石に水?
クローディアの魔法で軽くなったエドワードの体を抱える。もう傷が広がる心配はしなくていい。それが有難くも不甲斐なくもあった。
エドワードの傷は、マーガレットの治癒によって完全に塞がった。魔法とは偉大だ。病院で医者の処置も受けてもはや命の危険はない。
それでも体力と血を失ったので、まだ眠っている。髪にこびりついた血をなんとなく爪で取った。
そのとき扉が開き、三人分の足音が入ってくる。
「……ありがとね、チハヤ」
クローディアの大人びた声が静かに響いた。こんな声も出すのかと、少しだけ驚く。
しかしもしかしたら、何度もこの声を聞いたことがあったのかもしれない。忘れてしまっただけで。あるいは、気付かなかっただけで。
クローディアの、アーデンの、マーガレットの声も顔も、記憶の中ではひどく朧気だ。ちゃんと聞いていなかったから。見ていなかったから。
「……なにがですか」
俺は何もできなかった。何の役にも立たなかった。
先をアーデンが引き継ぐ。
「あなたがいなかったら、私たちだけだったら、エディのことを助けられなかったわ。私たちは見捨ててしまった。でもあなたはずっと、エディの傍に居た」
なんだそれ。そんなことで感謝される筋合いはない。
そもそもあなたたちのためにやったわけではない。エドワードのためにやったのだ。喉までその言葉が出掛かったが、飲み込んだ。ひどく下らない意地に思えたから。
それに、なんだかんだその言葉に救われてしまう自分もいた。
俺が居たから、エドワードを助けられた。たとえ嘘でも、間違いでも。その言葉が馬鹿みたいに嬉しかった。
だから伝えるべき言葉は、これだろう。
「……いえ。こちらこそありがとうございました」
俺一人では、守れなかった。救えなかった。全部、自分一人でできる気がしていた。そんなはずがないのに。
いや、本当はできないことを分かった上で、ならどうすればいいのかを知らなかっただけなのかもしれない。
「私さ、小さいころよく魔力を暴走させてたんだよね」
突然クローディアが話し始めた。壁にもたれ掛かったまま、なんでもないように。
「大人になるにつれてそれはなくなったんだけどさ。それでもみんな腫れ物扱い。友達なんていなかった。都会に行けば活躍できるっていうのは知ってたけど、そんなことより私、友達が欲しかった。そしたらさ、エディが現れたの」
クローディアの目線がベッドの上のエドワードに落ちる。
「それでさ、コイツ何て言ったと思う? お前の力が必要だ、でもお前なら魔王を倒せる、でもなく『一緒に普通の生活をしよう』って。そんな口説き文句、初めて聞いた……」
確かに口説き文句としては魅力に欠ける。それでもクローディアにとって大事な言葉であることは見ていればわかった。
「あのときのこと、今でも忘れらんない……。のになんで、置いて行っちゃったんだろう。……多分、見たくなかったんだよね。あんなにきらきらして見えてた人の、そうじゃないところ」
全てにおいて返答を期待していない、ただの独白であるとあるとわかった。
だから「結果的に助かったんだから、いいじゃないですか」とだけ言った。
しかし思ったより平坦な声になってしまい、クローディアは「あんたってそういうところあるよね」と泣きそうな顔で笑う。
それなりの広さの個室は、四人の見舞客でぎゅうぎゅうになっている。多分、それがエドワードの人望だった。




