第15話 ぬくもり
エドワードは娼館に行かなくなった。代わりに週に何度か、俺を抱く。
夢か?
ただ毎回抱きつぶされるのが難点か。なんて贅沢な悩みだろう。
ポーションを作りながら思わず鼻歌を歌ってしまった。
乱暴なノックの音が響いた。続いて「俺だ」の声。
例の一件以降、エドワードは必ずノックをするようになった。
「どうしました?」
エドワードは無言で部屋に入ってくると、ベッドに腰掛けた。
「今日、ここで寝る」
「え? はい」
唐突だったが、エドワードの唐突さには慣れていた。大人びて見えるが、反動のように唐突な行動に出ることがままある。それよりベッドが汗臭かったりしないだろうかという方が気になった。
俺は床で寝ようと準備していると、エドワードがベッドに座ったまま俺を見上げた。上から見てもいい男である。
「一緒に寝ろ」
「はい……え?」
今、なんて?
「だから、ベッドで一緒に寝ろ」
「うええええ!?」
「うるさい。夜中だぞ」
「エ、エドが変なこと言うから!」
「変なことしたらベッドから落とす」
「横暴!」
というかエドワードの寝相はお世辞にも良いとは言えないので、俺が何もしなくても蹴り落とされる可能性が高い。
「つーかなんだよ今更。いつも一緒に寝てんじゃねぇか」
「あれは気絶してるのでノーカンです!」
「気絶癖になってねぇ?」
「誰のせいだと!?」
「俺のせいではねぇよ。俺そんなに激しくしてねぇもん」
エドワードはごろんと転がって俺に背を向けると、聞こえるか聞こえないかという声量でぽつりと呟いた。
「……最近、寝れねぇ」
「えっ」
ここ最近エドワードがよく眠れていないのは顔色の悪さからわかっていた。
しかしそれは、俺がエドワードに出会ってから恐らく初めて聞く弱音である。前にこちらから指摘したら不機嫌そうに否定してきたのに。
「えっと、ハーブティーでも淹れましょうか? アロマ焚きます? あ、子守歌でも歌いましょうか」
「全部いらねぇ」
やっと甘えてもらったという喜びと動揺が一気に押し寄せあれこれ手配しようとしたが、すげなく断られた。
エドワードは掛け布団を引き寄せると自分に掛け、後ろ手に布団の余った部分を持ち上げた。入れ、ということだろうか。
無理だ。そんな近くに行けるはずがない。心臓が、いや体中の血管が爆発して死ぬ。
というか俺と一緒に寝たところで、俺に安眠作用はない。むしろ狭くて寝不足が悪化するもではないだろうか。
それともあれか、俺が寝れないのにお前ばっかりすやすや寝てんじゃねぇ、巻き込まれろ的な。
「……腕が疲れんだけど」
素早くエドワードの隣に横たわった。エドワードの腕を疲れさせるわけにはいかない。
鼓動がベッドを揺らしそうだった。背を向けているものの気配ははっきりとしている。
布団の中の空気を介して体温も伝わってきそうだったが、自分の体温が上がりすぎていてよくわからない。
「俺とお前の、二人になっちまったな」
ぼそっと呟いたその声は、布団に吸い込まれてしまいそうだった。しかしすんでのところできちんと俺の耳に届く。
「寂しいですか?」
エドワードが俺の前で寂しいとか悲しいとか、そういうことを口にしたことはない。おそらく俺以外の前でも。だからこそ何気ない一言に彼の纏う孤独が全部滲んでいるような気がした。
「……なわけ」
「寂しいって、言っていいんですよ」
「……なんなんだよお前」
その声は少しだけ震えていたが、それきり黙ってしまった。
「寂しい」。その言葉を引き出せたら。そうは思うがそんなに簡単に行くはずもない。
寝られれないと言っていた割には、エドワードはすぐに眠りに付いた。規則正しい呼吸は少なくとも苦しそうではなくて安心する。
おそらく傍から見るよりもずっと色々なものを背負ってがんじがらめになっているであろうこの人の、少しでも気を抜ける場所でありたいと思う。
それはそういう場所がエドワードにあってほしいという愛でもあるし、それが自分であったら嬉しいという恋や欲でもあった。
そして、翌朝。
「……お前、すげぇ隈だぞ」
「誰のせいだと!?」
ほとんど寝られなかった。寝られるはずがない。色々な意味で。服は汗でびっしょりになり、代わりに部屋に置いておいた水差しの中身は空になっていた。
眠っているエドワードは眠っているのだから当然容赦などなく、何か所かあざになっている。
逆にエドワードは快眠だったらしく、大分顔色が良くなっていた。
「……エドがよく寝れたなら、よかったです」
「おー……。今度は抱き枕になれよ」
「えっ」
「冗談だ」
よかった。そうなったら今度こそ体中の血管という血管が爆発して死ぬ。そして眠ったエドワードに絞殺される。フィジカルの強い人間の寝相が悪いともはや兵器だ。
「が、次から一部屋でいいか? 宿代もったいねぇ」
部屋が同じなら、万が一エドワードの身に危険が迫ってもすぐに対処できる。願ってもないことだ。
ただし。
「べ、ベッドを分けてくだされば……」




