第12話 転がっていく
「ちょっと、やめてよ!」
クローディアの叫び声が宿の扉を突き抜けて聞こえてきた。
しばらくそのまま様子を伺いつつ、道具の手入れやら作った薬の整理やらを続ける。が、続いた声に思わず顔を上げた。
「エディ!」
今度はマーガレットの声だった。何かトラブルでもあったのか。慌てて部屋を出るとすぐのところに三人とも居た。
が、すでに事態は落ち着いたところらしくエドワードは不貞腐れたように自室に戻って行った。
「何かあったんですか?」
「あいつ、信じらんない! ついに私たちにまで……」
「え?」
「強引に口説かれた、みたいで……」
マーガレットが補足するように言う。
「ええっ!?」
女とあらば片っ端から口説くのがエドワードである。しかし今までパーティメンバーに手を出そうとしたことはなかった。
それにそもそも、引き際は弁えているはずだ。以前一度強引にレイラに迫ったときを除き、エドワードが嫌がる相手にそれでもアプローチを続けたことなどなかった。
「大丈夫ですか?」
「私は別に大丈夫、だけど……。何もされてないし。でもあいつやっぱり変だよ」
「そうですね。ちょっと様子を見に行ってきます」
何か言いかけたクローディアの声が耳に届く前にエドワードの部屋の前に着く。
ノックしたが返事は無い。返事がない時は入っていい時だった。
「失礼しまーす……」
「……何」
「あ、えっと……、最近、困ったこととかありませんか?」
言いながら我ながら下手くそすぎる、と思ったがもう遅い。エドワードは怪訝な顔で振り返った。
「なんだよ急に」
「その……、最近、元気がないような気がしたので」
表情の変化をも逃さないよう、エドワードの顔をしっかりと見つめる。ほんの少しだけ目が見開かれたのがわかった。しかしすぐにそれは嘲笑に塗り替えられる。
「心配か? お前が?」
お前が、というよりお前ごときが? とでも言いたげだった。俺ごとぎが、である。
「あの、俺じゃ何の役にも立たないのは、わかってるんですけど……俺って、ゴミ捨て場に捨てられてたまだ使える資材みたいな物じゃないですか!?」
「……は?」
今度ははっきりとエドワードの顔に驚き、いや困惑が浮かんだ。何を言ってるんだコイツは、とでも言いたげな。俺も自分が何を言っているのかわからない。
「だから、その、人には言いにくいことも、壁に向かって喋るような感じで話しやすいんじゃないかなぁ……って。いえ、うるさくないという意味では壁の方がいいのかもしれませんが……」
「壁……?」
そして、噴き出した。出会ってから初めて見るレベルの大笑いであった。
「え、な、なんで笑うんですか!?」
こっちは至って真剣である。
「いや、だってお前……。自己評価低すぎるだろ」
まだ笑いが止まっていない。
「はぁ、ほんとおもしれぇなお前」
「面白くありません! こっちは真面目に言ってるんですよ!?」
「ねーよ、困ったことなんて。お前の目が節穴なだけだ」
「で、でも……」
四人揃って目が節穴なことなどありえるだろうか?
先ほどまでの笑いから一変、エドワードの声がひどく冷たくなった。
「困ってた方がいいのか?」
「……っ、そんな、つもりじゃ……」
しつこくしすぎたようだ。思わず身を縮めると、エドワードは「勇者に困ることなんてあるわけないだろ」と吐き捨てるように言った。
「勇者なことと困るかどうかは関係ないんじゃあ……」
顔を上げられないまま思わずそう漏らすと静寂が落ちた。怒鳴られるか、殴られるかもしれない。そう思って身構えたものの、どちらもなかった。
「……図太いなお前」
「すみません……」
呆れられたようだ。しかし少しだけ表情が明るくなっていて、胸を撫でおろした。
「お前は人の心配してないで自分の心配をしろ。明日も仕事だからちゃんと用意しとけよ」
「はい」
いつも通り、とは行かずとも随分柔らくなった表情を見て、俺は任務完了とばかりに部屋を出た。
もちろんそう簡単に行くものではないのだけれど。




