Ep.EXTRA2 『ドミトローヴナへの贈り物』
『熱い夜になるな。』
『火がついたら、シャシリクで一杯やりゃあいい。』
郊外のある一室を、乗っ取り奪うロシア人。無数の金属塊は、彼らの身体を取り囲んでいた。あるものは油圧シリンダーとして、あるものは発動機の一部として、またあるものは科学試料として。幾つもの海域に洗われ、鈍い輝きを放っている。
『ヴォトカがありゃあ完璧だけどよ。』
太い二本指が揃えられ、口元へと運ばれた。吐き出された息が、爪の先を湿気で温める。隊員は手を服で拭った。
『そうだな、МиГ-25でも手配するか?』
『馬鹿言え。』
『そうさ、だから俺たちでやるんだ。』
金属臭と銃油臭が立ち込め、空気を重いものにする。隊員たちは溜め息をついてから、員数表をちらりと覗いた。その手指は冷え切っている。
『さ、始めるぞ。――大口径は。』
『問題無し。機関銃は。』
『問題無い。ПП-2000、Печенегも同様。……ШмельとМОН-50。』
『問題無いぞ。』
『よろしい、散開。』
普通のバンに、兵器がずらり。それぞれの扉は音も無く閉まり、一斉に四輪タイヤが回り出した。
戸倉市は静寂を謳歌していた。郊外での乱闘と、他県でのテロ予告。更には、大企業へのサイバー攻撃。警察は最低限を残し、殆どが引き払っていた。周到に借り上げられ、或いは侵入された建築物たちは、さもそれが当然とでも言わんばかりに、軍人たちを受け入れている。やがて車の一台が、廃工場前で停止した。
標的は裸の身体をくいと起こし、二階への階段を駆け上る。片手を塞ぐアタッシェは、カラカラと音を立てていた。吹き抜けの柵は、赤錆に身を焼かれている。
『……三番配置完了。』
『……二番配置完了。』
『全員配置完了。作戦開始。』
――小さな銃声と共に、窓に風穴が空く。ブロンドが揺れ、白い裸体が飛び跳ねた。階段近くに着地するキャサリンを、即座に追い立てる超音速弾。市街地を劈く轟音は、一手後から騒ぎ始めた。裸足は間一髪のところで階段を掴み、金属音を響かせる。転げるように階下へ向かう少女は、入り口のМОН-50を見検めていた。
『一階へ降りるぞ、Подрывай!』
無線音声より少し遅れて、乳房を揺らしながら再び二階へ飛び込み、這うようにして階下に聞き耳を立てる。一階の機械は残骸に変わり、爆発と破片のアンサンブルに、思い思いの喝采を鳴らしていた。
『外した!作戦継続だッ!』
無線デバイスから鳴る、号令の砂嵐。聞くやいなや、キャサリンは吹き抜けへと飛び込む。立て続けの二、三発が、クレーンユニットに穴を開けた。
高速で落下する裸身。生のままの右腕の、肘から先がカチンと外れ、兵士の元へと放物線を描く。鉄の関節の周囲に、仕込まれていたのはナイフの四本。ドンと音を立てながら、射出ユニットから飛び立った。
弾が頭上を撃ち抜く最中、銀色は二門のマズルを突き、十字砲火が左右へと逸れてゆく。
『ターゲットは一階に着地!』
小窓から通り過ぎてゆく弾丸は、しゃがむ身体の頭上を貫く。太腿はバネとなって、十数メートルの距離を一瞬で詰め切っていた。隊員たちが短機関銃を持ち直す、それよりも早く。
ヘルメットの留め具に、素足の甲が激突する。足裏がコンクリートに落ちると同時に、少女の頭に降りかかる銃床。だが命中するより先に、アタッシェが短機関銃を振り払った。
『対象は射角外だ!引き付けろ!』
通信と殆ど同時に、丸い踵が顎を打つ。衝撃に身体が仰け反り、兵士はそのまま絶命した。
『Шмель使用許可を!』
『Огонь!』
彼は許可が下りると同時に、遥か後方に腰を据え、照準プロセスのを殆どを完了していた。だが指先の連動より、キャサリンの方がわずかに早い。飛翔する三発目のナイフは、喉元の隙間へ直撃した。
『撤退!』
倒れてゆく男のデバイスから、淡白な号令が鳴っている。それぞれのバンは間もなく発進した。
戸倉一帯でサイレンが鳴っている。もとより寂れた工業地帯とはいえ、人間たちは着々と起床し始めていた。少女はナイフとアタッシェ、それから片腕を回収し、隊員の死体を工場に投げ込む。
転がる無反動砲。キャサリンはそれを手に取り、肩の上へ。ボンと点火された弾頭は、およそ一秒にも満たない間に、工場へと着弾し、周辺の体積を吸い上げ、爆発させた。
少女はランチャーを抱えたまま、付近の公園へとひた走る。グリーンパークの敷地を跨ぐまで、街には一体の人影もなかった。
『200番の荷物は全て焼かれた。ランチャーは……諜報部がいいようにするだろう。』
『了解。予定通りに離脱する。』
「――戸倉市郊外で、大規模な暴力団の抗争が発生しました。横流しされたサーモバリック兵器が使用されたとの報告も上がっており、当局は捜査を進めています……」
翌日のニュースは、一様に同じことを報じていた。謙介はそれを、ぼうっと眺めていた。




