Ep.5 「どこなんだ?」
「田村さん、ちょっと。……はい、キャサリンさんに届けてもらえるかしら?」
「いいんですか!?」
「っふふ……はい、住所。ここから歩いて30分ぐらい。」
門倉先生は何故か、頬をにんまりと上げたまま、ゆっくりと住所をなぞりだした。まるで、子供の使いを見送るかのように。
「でも、遠いんですね。僕が一番近いんですか?」
「そっちの家からなら、そんなに遠くないと思うわ。いいじゃない、それくらい。」
「良かないですよ。」
纏められたプリントをつまむと、束になった中の一つが、するすると手から滑ってゆく。
「んんっ……と。」
咄嗟に掴んだ一枚は、端の方からくしゃりと潰れて、小さな山脈を描いた。腰元の空き机にそれを押し付け、ふんと伸ばす。ポケットのスマートフォンを文鎮にして、それからクリアファイルを手に取った。
「にしたって、遠い。」
荷物をあるだけ突っ込み、いざ鞄を掴む段になって足が重くなる。外はカンカンの日照りだった。場違いな冬服の袖は、しっとりと濡れたまま、俺の手首に靠れかかっている。
物憂げにぶらつく左腕。額を軽く拭ってから、教室のドアに手をかけた。
「どこなんだ?」
見渡す限りに、家か或いは廃屋か、そういった類の建築物しか見当たらない。マップの案内は、田舎の電波にあてられて、現在地すら示せなくなっていた。アスファルトの反射が眩しくて、たまらず木陰に避難する。太陽とその照り返しは、天然のグリルであった。
「アラ?ケンスケ?」
「ああ、見つけた!……体調、大丈夫なの?休んでたから、プリントっ……はい、持って帰れる?」
「オー、アリガトウ!もうバッチリ、ケンスケにアエテ、もっとバッチリ!」
真っ白な指は丸を作っていた。甘い匂いと、少しスモーキーな、煙草のような香り。溌溂さと、その裏面の確かな強かさ。気が付けば、俺は姿勢を正していた。
「……家ってさ、その……どこにあるの?それだけ、聞きたいんだけど。」
「オー、ノー!レディにヨバイデスカ!?」
「よ、夜這っ……違う、気になっただけ!」
あらぬ角度からの反応に、腹の底から身体が熱くなった。気が付けば、俺は彼女の胸元を眺めていた。
「ケンスケはエッチなんデスネ。」
「いや、その……また明日ね!」
見透かすような瞳に、矢も楯もたまらず駆け出してから2分。濡れた額を拭ったところで、真逆を歩いていたと気が付くのだった。




