Ep.4 あしらっただけ
路地を抜けてゆくキャサリン。編み込まれた髪は、夕焼けの渋みを帯びながら、飾緒のように靡いている。
時折、彼女を眺める通行人。それを目で捉えるたびに、拳を握りしめて、頭をひょこりと出したところで、また物陰へと退散する。それから決まって唇を噛んでいた。
もしナンパでもされようものなら、すぐにでも駆け出す。そう考える俺は、遥か後方5m。追っては止まり、追っては止まりを繰り返していると、汗だくの身体は湯気を立てた。まるで、ため息でもつくかのように。
「……переме……наш……сердца……」
聞き覚えのない歌。明るい声はアーケードを駆け巡って、夕焼けの子守歌となっていった。
「こんにちは、ねぇちょっとお茶しませんか、ほら!」
「俺たちマジで楽しませるんで!」
あからさまな軽薄さが、キャサリンの周囲を取り囲む。しかし、彼女は意に介することすらしないまま、街路の中心を闊歩していた。それを捉える俺の目とは、まるで対照的に。
「無視はひでぇよ!」
「ちょっと、こっち向いてよな!」
揺すられる肩と、揺さぶる手つき。後者には品性が、前者には反応が欠落していた。
「っ……あっ……はっ……」
足元がカタカタ揺れる。衝動が身体を前のめりにする傍らで、足首を繋ぎとめるのは恐怖。乾燥しきった眼を見開いたまま、俺はただ5mの遠さに圧倒されていた。
≪――прощай.≫
とりわけ密着していた男の、その足が地からすっと離れる。かと思えば、、空中へと流されていった。咄嗟に力を込めるもう片方は、目を見開いたまま姿勢を低くしている。
刹那、足と足とが激突した。手を掴んでいたはずの男は、腕をふらつかせながら地に這い蹲り、後にはただキャサリンだけが、見下すように直立している。茜色のアーケードは、まるで一枚の宗教画のように、情緒を抱えて静止していた。
「大丈夫、大丈夫……!?」
足が一歩を踏み出していた。喉元に巻き付く焦燥を、勢い任せに振り払いながら。
「ケンスケ!オーケイデース、タオシタヨ。」
「そ、そう……す、すごいね、それと、助けられなくて、ごめん……。」
少し背の低いキャサリン。改めて彼女と相対すると、俺の目線がどんどん下ってゆく。差し伸べたいはずの手は、ふるふると震えたまま、ズボンのポッケに仕舞い込まれていた。視線すら合わせない俺の肩を、柔らかな手がポンポンと叩く。
「オールオーケイ、ダイジョーブ!」
家につくころには、爪痕が掌に刻まれていた。痛みにつられて、一瞬蘇った彼女の姿。そのどうしようもない遠さに、俺は頭を掻きむしった。
――どうして、あれほど強いのか。俺は、あの子の横に立てるのか。
苦悶を誤魔化すかのように、家の扉をガチャンと締めた。




