インサイド・トヨタ(2)
トヨタ自動車は、愛知県豊田市トヨタ町に本社を置く。
豊田市はもともと「挙母市」という名称だったが、1958年に商工会議所から市宛てに指名変更の請願書が提出される。理由は、トヨタ自動車の本社のある挙母市が全国有数の「クルマのまち」に成長した点と、地名の「挙母」が読みにくいという点であった。
豊田市の「豊田」は、トヨタ自動車と、同社の創業者一族の性「豊田」に由来する。
「挙母」という地名には古代以来の歴史があり愛着を持つ市民も多かったため一時は賛成と反対で市を二分するほどの論議が展開されたが、1959年1月、名称が「豊田市」に変更された。
私も、豊田市には一度だけ行ったことがある。
トヨタ自動車は一般向けに工場見学を実施しており、その工場見学に参加したのだ。その当時、私はまだ企業A(国内メーカー)に勤めており、製品開発を行っていた。そのための一種の情報収集としての参加だった。
本社の近隣はトヨタ関係の建物が多く立ち並び、まさしくトヨタ自動車の「企業城下町」といった風だったのが印象に残っている。
トヨタ自動車の起源は、豊田佐吉が1926年に創業した「豊田自動織機製作所」にある。
豊田自動織機製作所はその名の通り「織機」を作ることを生業にしていたが、1933年に、豊田自動織機製作所内に「自動車部」が開設される。その「自動車部」がトヨタ自動車の源流となった。「自動車部」は、佐吉の息子である豊田喜一郎が中心となって設立されており、喜一郎がトヨタ自動車の創業者となっている。
喜一郎は自動車事業進出に向けて研究を進め、量産化に向けた工場用地の検討に入った。そして1935年に愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市)に58万坪の用地を取得した。
1937年8月28日、豊田喜一郎によってトヨタ自動車工業株式会社は設立される。
そして翌1938年11月3日には挙母工場が竣工した。
トヨタ自動車の創立記念日は、挙母工場竣工の11月3日が採用されている。
豊田自動織機製作所自動車部時代は、社名中の「豊田」の読みが「トヨダ」であったため、ロゴや刻印も英語は「TOYODA」であった。
しかし、1936年に行われた新トヨダマークの公募の中で選ばれたのは「トヨタ」のマークだった。理由として、デザイン的にスマートであること、画数が8画で縁起がいいこと、個人名から離れて社会的存在へと発展することなどが挙げられている。なので、会社設立時も「トヨダ」ではなく「トヨタ」という社名が採用されたという。
初代社長は佐吉の娘婿の豊田利三郎が就いた。
つまり、喜一郎にとっては義兄にあたる。
しかし、1941年に利三郎が会長に退くと、第2代社長に創業者の喜一郎が就任する。
ちなみに、トヨタ自動車の11代目社長を務め、現在は代表取締役会長となっている豊田章男氏は、喜一郎の直系の孫にあたる。




