東野圭吾について(1)
作家の東野圭吾が大腸がんで亡くなったというニュースが突然飛び込んできた。
亡くなったのは7月23日未明。
68歳だったという。
私自身、東野圭吾は好きな作家の一人だった。
大学生の時に一時期はまっていて、本屋で東野圭吾作品を買ったり、近くの図書館で借りたりして読んでいた。
最近ではそれほど読んではいなかったが、それでも図書館でまだ読んだことがない東野圭吾作品を見かけると、借りて読んでいる。
東野圭吾とはどのような作家なのか。
東野圭吾は大阪府立大を卒業後、1981年に日本電装に技術者として入社する。
日本電装は、今で言う「デンソー」だ。自動車部品メーカーの国内最大手で、直近の売上は7兆5千億円に達する。いわゆる大企業だ。
東野圭吾は日本電装で技術者として働きながら、推理小説を書いていた。
1983年に「人形たちの家」を第29回江戸川乱歩賞に応募するが、結果は二次予選を通過するが落選。1984年、第30回乱歩賞では、「魔球」が最終候補作まで残るも落選する。
そして翌1985年に「放課後」で第31回江戸川乱歩賞を受賞し、小説家としてのキャリアをスタートした。「放課後」が東野圭吾のデビュー作となっている。
1986年には日本電装を退職し、以後は専業作家としての道を歩むことになる。
メーカーの技術者出身の作家。
それが東野圭吾をある意味特徴づけている。
作品には物理学者が主人公のものもあって、主人公は科学的な思考をもとに事件解決に導いていく。それ以外の作品においても精緻な謎解きを得意としていた。
私も大学では理系を専攻していたし、就職後は東野圭吾と同じようにメーカーで技術者として働いている。
それもあって、どこかで東野圭吾に親近感を抱いていた。




