生きた証を抱きしめて (5)
権藤氏の新しい弟子となった元さんはまだデスマスク製作についての知識も浅く、権藤氏の下に付く形で製作のサポートをしていた。
そしてデスマスク製作以外の時間は、介護施設で運転手として働いていた。
そのような中、一人の男性からデスマスク制作の依頼が権藤氏の元に寄せられる。
故人は依頼者の父親で、地方の病院の院長を長らく続けてきた人物だった。
その父親のデスマスクを残したいという依頼だった。
権藤氏は元さんを伴って依頼者の元に赴く。
故人の顔を枠で覆い、シリコンを流し込む。権藤氏はそのシリコンの調合を元さんに任せた。その日の気候から、元さんには「調合する際にはお湯を入れること」と指示を出していた。しかし、元さんから受け取ったシリコンをさっそく型の中に流し込もうとしたところ、シリコンの粘度が高すぎてうまく流れていかない。
元さんは、権藤氏の「お湯を入れること」という指示に、熱湯を追加していた。しかし、逆に温度が高すぎてシリコンの粘度が高くなりすぎていたのだ。
「お湯を入れる時に、なんで俺に聞かないんだ」
権藤氏は依頼者の前で元さんを叱責する。
その場は権藤氏がシリコンを作り直して、何とか事なきを得た。
しかし、元さんには「お湯を入れろと言われたから熱湯を入れた。温度の調節が必要なら、そのことも事前にきちんと教えてほしかった」とわだかまりが残った。
元さんは、このままデスマスク製作を続けるかどうか悩む。
やはり一番のネックは、デスマスク製作だけでは生計を立てていくことが難しいということだった。それに、介護施設で運転手として働いていると、施設利用者に感謝された。自分が必要とされているという実感を持つことができた。権藤氏の下で、嫌な緊張感のもと働き続けることにも心のなかで引っかかっていた。
元さんの迷いを感じたのか、権藤氏は、でき上がったブロンズ彫像を依頼者のもとに届ける役を元さんに任せる。
元さんはブロンズ彫像を持ち、依頼者の自宅に向かう。
そしてブロンズ彫像を依頼者に渡すと、依頼者である故人の息子は、「おやじだ……」と目に涙を浮かべながら、その彫像を触った。
その光景は元さんの心の中で、「この仕事を必要とする人はいるんだ……」という思いとともに残った。
デスマスク製作を続けるべきかどうか。
元さんは介護施設の社長にも相談し、一つの結論を出す。そしてそのことを権藤氏に伝えるため、権藤氏を呼び出した。
元さんは、権藤氏にデスマスク製作をやめることを告げる。
「権藤さんと一緒に働いていると嫌な緊張感があって、そのような場所で働き続けたくない」
権藤氏はどこかさばさばした様子で、元さんの言葉を聞いていた。
以前の弟子の安田さんのときと同じように、権藤氏は元さんを引き止めることは無かった。




