生きた証を抱きしめて (2)
デスマスク職人の権藤俊男氏。
権藤氏のもとに一つの依頼が舞い込む。
依頼主は一人の女性。
故人は彼女の息子で、息子は20歳の時に交通事故に遭い、それ以来意思の疎通もできなくなって寝たきりの状態が続いていた。彼女はそんな息子を自宅で介護する。そして30年間の介護の末に、息子が亡くなる。
彼女は権藤氏に、故人の顔と手の彫像の作製を依頼した。
デスマスク製作の流れは次のようになっている。
まず権藤氏が故人の自宅を訪問し、その場で型を取っていく。
故人の顔と手の周りに枠を作り、その枠の中にシリコンを流し込む。それが顔や手の型となる。
その後は千葉にある権藤氏の工房での作業になる。
シリコンで作成した型に石膏を流し込み、彫像を作る。最後に微修正をして完成する。また、依頼内容によっては石膏だけではなくブロンズ(銅)の彫像も作ることがある。今回の女性は、自分の息子の顔と手のブロンズ彫像の製作を依頼していた。
権藤氏が主宰する工房のHPを見ると、それぞれの製作費用は次のように記載されている。
ラストフェイス(石膏) 17万6千円
ラストフェイス(ブロンズ) 38万5千円
手形(石膏) 14万3千円
手形 36万3千円
手が届かない値段ではないが、ただ、それなりの値段はする。
権藤氏は出来上がった彫像を依頼主の自宅まで届ける。
依頼主の女性は、今は亡き息子の顔と手の彫像を触り、涙を流した。
確かに、彫像には写真や映像にはない「リアルさ」があった。
形が残っていて、それを手で触れることができるということ。
ただそのことだけでも、何か特別な意味はあるのかもしれない。
だからこそ、手間と費用をかけてでも故人の顔や手を「形あるもの」として残したいと願うのかもしれない。
涙を流す依頼主の女性を見ながら、そのようなことを考えていた。




