ワールドカップ事件簿(9)
1986年のメキシコ大会でヒーローとなったマラドーナだったが、1994年のアメリカ大会で一転する。
1994年のアメリカ大会は日本人にとっては、アジア予選で日本も初出場の一歩手前に近づいていたのに、最終節イラク戦の試合終了間際に同点に追いつかれチャンスを逃した「ドーハの悲劇」で有名だ。
マラドーナは1994年アメリカ大会に向けた南米予選で敗退の危機に瀕していたアルゼンチンを救うため、1993年に電撃復帰を果たす。
そして本大会グループリーグ初戦のギリシャ戦では華麗なパスワークから豪快なミドルシュートを叩き込み、世界中に「神の子の完全復活」を見せつけた。
しかし、第2戦のナイジェリア戦後、マラドーナが受けたドーピング検査から、エフェドリンなどの使用禁止物質が検出された。エフェドリンは交感神経興奮剤で、アンフェタミン(覚醒剤)と類似の化学構造を持つ。
FIFAは事態を重く受け止め、マラドーナを大会から即時追放するという厳罰を下した。精神的支柱を失い、完全に動揺したアルゼンチン代表は、その後の決勝トーナメント1回戦で早々に姿を消すことになる。
大会追放と併せて、マラドーナには再び15ヶ月間という長期の出場停止処分が科された。
すでに30代半ばに差し掛かっていた彼にとって、この決定は代表引退と同義だった。このグループリーグ第2戦のナイジェリア戦が、マラドーナにとってワールドカップにおける選手としての最後の試合になった。
1986年のメキシコ大会で世界を熱狂させた天才ドリブラーは、このような形で、栄光の歴史に自分で泥を塗ることになってしまった。
しかし、1986年のメキシコ大会で、因縁のイングランドを撃破する立役者となったマラドーナは、アルゼンチンの人たちにとっては依然としてヒーローだった。
2022年のカタール大会でアルゼンチンを3度目の優勝に導き、ワールドカップトロフィーを受け取ったメッシは、「このトロフィーをマラドーナの手から受け取りたかった」と述べている。
マラドーナはカタール大会開催前の2020年に、心不全で亡くなっていた。60歳だった。
1930年に第一回大会が開催されたワールドカップは、多くのヒーローを生み出した。
ペレ、ベッケンバウアー、マラドーナ。
ペレは2022年に82歳で亡くなり、ベッケンバウアーは2024年に78歳で亡くなる。彼らの死は一つの時代の終わりを告げた。
2026年の北中米大会は残り一試合。
決勝のアルゼンチン対スペイン戦のみ。
今回はどちらの国が優勝するのか。
メッシ擁するアルゼンチンがワールドカップ連覇を成し遂げるのか。あるいは、「無敵艦隊」スペインが二度目のワールドカップ制覇を成し遂げるのか。
今回のワールドカップ決勝ではどのようなドラマが繰り広げられるのだろうか。




