医を民の司命といふ
いつも感想などなどありがとうございます。
大変励みになっております。
次回の更新は、5/4です。
国境なき医師団とは、民間で組織された非営利の医療支援や人道的援助を行う組織……だったかな?
どの国にも属さない代わりに、あらゆる紛争や災害、疫病や貧困を抱えた地域で、命の危険に晒されている人々に対して、医療支援をしたり物資や環境の支援をする組織というか。
当然お医者さんはじめ医療関係者もいるんだけど、支援対象の地域に働きかける事務局の人や、医薬品や食糧や水、他支援活動に必要な物資を調達し、これを現地にいかに届けるかの専門家……ロジスティシャンっていったかな? そういう人達もいたはず。
あまり覚えていないあたり、多分前世の守備範囲外なんだろうな。
それをエイルさん達の一族、そうだな医の一族と呼ぼうか。
彼女達が知っているのは特に不思議がることじゃない。だって彼女達の大母様は渡り人で、異世界から来た人なんだもの。
そして私の祖母は渡り人の研究をしていた……ということになっている。
知っていても別に変ではない。実際、祖母の日記にほんの少し記述があったしな。
でもそれを言う前に聞きたいことがある。なんでそんな話になったか、だ。
素直に聞けばニルスさんは指をモジモジ動かしつつ話し出す。
「いえ、菊乃井家は外から見たらどんな感じなのか尋ねられまして」
「外から見たら?」
「はい。閣下は菊乃井を田舎の領地で、これから発展させて学術・芸術・文化都市にすると仰ったけれど、外から見た感想はどうなのかと。特にルマーニュと菊乃井は仲が悪いので」
「あー……」
それでニルスさんがモジモジしたのか。
エイルさんは私とニルスさん達がピリついたのを見ているから、それは気になるところだろう。
ニルスさんによれば、イゴール様の紹介状には、私を「理不尽は許さない厳しさはあるものの、領民や弱い立場の人間には穏やかで優しい」と、菊乃井領の気風を「昔は閉鎖的で少し頑固ではあったけれど、暮らし向きが改善されて余裕が出て来たお蔭で、穏やかで大らかで他所から来た人にも親切だ」と、認めてあったそうな。
でもそれって言わば身内の意見じゃん? 神様は嘘吐かないにしても、第三者はどうなんだろう? そういう疑問が湧いたそうだ。
それで外から、特に敵対までは行かなくても仲の良くないルマーニュ貴族の目から見た菊乃井を知りたくなったんだってさ。そりゃ、是非もなし。
それでニルスさんは答えたそうな。
「そもそもルマーニュが閣下を警戒するのは、後ろ暗い色々を閣下に知られているせいなので。ルマーニュ王都の冒険者ギルドの不始末は、菊乃井家と同様にルマーニュ王国も巻き込まれただけで、敵対していたわけじゃないという建前もありますし」
「たてまえっていっちゃうんだね……」
レグルスくんが同情するような目をニルスさんに向ける。それに対してニルスさんは視線を明後日に飛ばした。
「あ。いや、まあ、はい。古の邪教の信徒と通じていたなんて、流石に外聞がですね……」
「わぁ……」
「ニルスさんもそれは知ってるんだ?」
紡くんがお口を塞ぐ横で、奏くんがしれっと切り込む。相変わらず勇者だ。
ニルスさんは取り繕うことなく情けなさそうな表情になる。
「ええ、はい」
ルマーニュ王国では、問題の公爵家が王都の冒険者ギルドを陰で牛耳っているというのは、公然の秘密通り越して暗黙の了解だったそうな。
しかしこの度の菊乃井領の冒険者ギルドとルマーニュ王国王都の冒険者ギルドの諍いで、王都の冒険者ギルドと古の邪教の信者が通じていたという事実がでた。
そうなると当然件の公爵家も古の邪教の信者と通じていたのでは? という疑念が生じることに。
件の公爵家は否定したけど、誰がそれを信じるのかっていうね。
そして件の公爵家は王家と大変に懇ろだったのですよ。
まあ、革命派も売国派も攻撃材料を手に入れて勢いづくわな。
しかも冒険者ギルドが綱紀粛正で風紀と襟を正し、権力の監視機構に戻った。
これが昨日シェリーさん達が受けた、ルマーニュ王国王都の冒険者ギルド発注の村落防衛戦に関わってくるんだよ。まさにバタフライエフェクトか、あるいはピタゴラ何とかってな。
その一連の流れをルマーニュ王国側の裏事情も知る立場から解説し、更に件の病に関しても色々外側の景色を説明したそうな。
そこで、私がシュタウフェン公爵領に派遣したマンドラゴラ医療班の話が出たという。
「私がルマーニュ王国で聞いた話ですが、マンドラゴラに訓練を施し、魔物使いかあるいは楼蘭の巫女殿や、もしくはエルフの大賢者様の号令で看病が出来る組織にしたという話をしまして。ただ、閣下とシュタウフェン公爵家は……あまり仲がよろしくないと聞いていたので、最初はマンドラゴラを使って制圧するつもりなのかという噂もありました」
「なんでシュタなんとかけをせいあつするの?」
「敵対してるから、というのが専らの話でしたけどね?」
紡くんの純粋な疑問に、ニルスさんも首を捻る。
地理を考えると、領地戦をやる旨味が無いことにニルスさんは気が付いたんだろう。
だってシュタウフェン公爵領と菊乃井領って、間に沢山の貴族領があって物凄く距離がある。
シュタウフェン公爵家を制圧して土地をもぎ取ったところで、飛び地で統治はしんどい。周りの貴族だってそんな無法は許さないだろうし、ルマーニュ王国と境を接することになるし。
それで普通にニルスさんは「敵対しても助ける時は助けるんだな」という感想を持ったそうで、そのまま素直にエイルさんに話したそうだ。
それを受けたエイルさんが「国境なき医師団みたいだね」と口にした、と。
「うーん、あちらと明確に敵対してるわけでもないんですよね。だって同じ帝国の貴族ですし」
「ああ、そうですよね……」
「あと、これナイショですけど、シュタウフェン公爵の次男坊さんとは仲が良いので」
「!?」
ニルスさんが目を見開く。
もう次男坊さんの独立は決定事項だし、派閥的に獅子王家……反シュタウフェン派に決まっている。面子をゴリゴリに表立って潰され始めたシュタウフェン家だ。隠す必要も最早ない。でも言いふらすようなことでもないのでナイショに。
ルマーニュ王国の貴族であるニルスさんは、帝国の事情には明るくないだろうけれど、ルマーニュ王国にまで私とシュタウフェン家のイザコザが聞こえているならショックも大きいのか、何度も瞬きをしてそれから飲み込んだようで。
「色々あるんですね」
「ええ。ルマーニュ王国もでしょう?」
「はい、と言っていいのか複雑ですけど」
権力闘争とかそんなもんだ。
そっとお互い視線を逸らし合う。
それはそれとして、国境なき医師団の件だ。
「記述はありましたけど、あまり意識はなかったかなぁ」
「そうなんですね。その話のなかでエイルさんが、いつかはこの大陸でもその国境なき医師団のように、災害や疫病で苦しむ人々に医療を届けることが出来るように、まずは菊乃井に根差したいと仰ってて」
「おお……」
レグルスくんや奏くん紡くんが感心したように声を挙げる。
なるほど、何処の世界でもアレは共通語なんだな。
「医は仁術なりって何処の世界でも通じるんですねぇ」
「医は仁術なり、ですか?」
「あにうえ、じんじゅつってなに?」
ニルスさんとレグルスくんが首を捻る。
奏くんも紡くんも同じくだ。
私が知っているのは江戸時代の本草学者でもある儒学者・貝原益軒の遺した「養生訓」の一節「医は仁術なり。仁愛の心を本とし、人を救ふを以て志とすべし」という一文だ。
後に続く言葉も、自身の利益を優先させることなく、人を救い助け、万民の死生を司る。医者とは極めて大事な職分であるという。
これ、その前後にも結構あって。
わりと厳しいことや、現代でも通じることが沢山書いてあった。
「仁とは他者への思いやりや慈しみ。医術は他者への思いやりや慈しみの詰まった技術であり、人の道であるってことかな」
さて、彼女達のその清い志を守るために、私には何が出来るだろうか……?
貝原益軒:江戸時代の本草学者で儒学者。養生訓の作者
養生訓:江戸時代に書かれた健康読本みたいな。暴飲暴食すんな、運動しろ、寝てもいいけど寝過ぎるなとか、色々書いてあります。ええ、本当に。「医は仁術」は六巻。本当に色々書いてあります(しろめ)
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。
活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




