制度を整える側に出来ること
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次回の更新は、5/8です。
「そうだろう、そうだろう。僕はね、ずっと彼の一族を見て来たんだ。最初の一人が抱いた『病に苦しみ、助けを求める人がいるなら、世界の何処にでも駆け付けたい』という願いを、あの子達は絶やさずに持ち続けている。僕が君にあの子達を託したのは、その志を君なら形に出来るかもしれないって思ったからだ」
「えぇ……いやぁー、どうでしょう?」
夜のこと。
明日のスケジュールを確認していると、眼帯に日本の鎧武者という姿の氷輪様とイゴール様が連れ立っていらした。
というわけで本日のお茶会のメニューは、氷輪様には私と同じくレモングラスのお茶、イゴール様にはジンジャーエール。お茶請けのクルミ入りクッキーはおからで作ってあるそうなので、私もほんの少しなら食べられる。
エイルさん達を連れ帰ることに成功したので、その件でのお褒めの言葉を改めてイゴール様からいただいて。
それから彼女達の志の話になったわけだけど。
歯切れの悪い答えを返した私に、氷輪様が静かに飲んでいたお茶のカップを置いた。
『それでも何か考えていることはあるのだろう?』
「まあ、多少……」
件の病からこっち、考えていることはあるんだ。
あの病はどう考えても菊乃井だけで対処出来る物じゃない。じゃあ帝国がって言うのも違うだろう。
感染症、それも物凄い感染力の高さでもって世界に伝播するものには、誰がとか何処かじゃなく、出来る協力を出来る全てがやるべきなんじゃないかと。
だって国で一々感染対策とか防疫対策が違うとか混乱の元だし、統一した対応を採った方が効率的だと思うんだよね。
使う薬や治療法だってまちまちだと、治るものも治らないで、そのうち今までの感染対策や治療法ではどうにもならない変異を起こす可能性も上がるだろうし。
そういうのって公衆衛生の分野だと私は思ってるんだけど、それが国境なき医師団のイメージには繋がりにくかった。
だって国境なき医師団って紛争地域とか自然災害が主で、公衆衛生だの防疫だのは世界保健機関の役割じゃないの? みたいな。
だから私はWHOみたいな機関があればいいな~とは思ってたんだよ。
世界規模で公衆衛生・防疫対策情報なんかを発信出来て、いざというとき統一した防疫対策や治療法を全世界で共有出来るよう取りまとめる、何処の国にも偏らない機関が。
件の病に関しては菊乃井で出来るだけのことはやってるけど、正直手に余るんだよ。だって田舎の地方領じゃん。
情報発信は帝国からの方が信用度も高い。
そうはいっても帝国だって限界はある。
それに他国の国民と自国の国民とを天秤にかければ、他国の民に傾くはずもない。私だってそうだ。シュタウフェン領あるいはルマーニュ王国の民と菊乃井の民、天秤は常に菊乃井の民の方に傾く。
それで中立っていうのもなぁ……。
いざというとき、エイルさん達医の一族を他所に送り出せるかって言われると、自信ないんだよね。
だからエイルさん達の志を守るためには、いずれ本当に独立した中立の国際機関が必要になるんじゃないかと。
「なるほどねぇ。そんなに色々考えてくれてるわけだ?」
イゴール様がこてっと首を傾げる。
今の菊乃井は自領の医療体制すら十分とは言えない。その状況で医療や公衆衛生のための中立の国際機関って言われてもな~という感じなんだろう。お恥ずかしい限りだよ。
そう思いつつ私も苦笑いを浮かべると、氷輪様が首を横に振られた。
『お前が色々考えるのは、より良い世界のためなのだろう? 目指す未来に明確な標があるのは、それがないよりずっといい』
「そうだよ。君は医者を増やして、菊乃井から他の地域に送り出すことも考えている。それが成れば、志だけではどうにもならなかった部分が解消されるかもしれない。ひいては彼の一族の悲願が叶って、届かなかった手が助けを待つ者に届く日が来るかもしれないだろう?」
「そうあればいいな、とは思います」
けど、かなり遠い。
何をするにしたってお金が足りない。
学校と大きな病院や調剤薬局を作るお金はなんとか工面できそうだけど、皆保険制度はまだ無理っぽい。
補助金云々はだせそうだけど、それだって出産一時金と、命の危険がありそうな病気のときの治療費および生活一時金くらいだ。
私が毎日ワイバーン肉を食べて贅沢してるとか、帝都のあらぬところで噂になってるらしいけど、これでどう贅沢するんだよ!? そんなお金があったら、領地に突っ込むわ!
うぎうぎうぐうぐしていると、何とも生温い視線がイゴール様から注がれる。
「いや、ワイバーン肉は十日に一回くらいは食べてるじゃないか。アイツのところにもお裾分けありがとう。礼を言っといてくれって、頼まれてたんだ」
「はあ、どういたしまして? 次男坊さんにはいつもお魚送っていただいてるんで」
心の声を聞くのは良いけど、食卓事情に言及されるとは。
でも語弊。
贅沢なんかしてない。
節約のためにお肉をダンジョンに獲りに行ったら、何でかやたらお高くて美味しいお肉が獲れるんだ。あとワイバーン肉は先生方の何方かが、十日に一回くらい「食べたくなって~」って持って帰って来てくださるだけだし。
菊乃井家の食卓はほぼ自給自足に近いんだ。
食卓だけじゃない。着る物に関してもタラちゃん達が頑張ってくれて、お安く済んでるだけ。
買うお金がないから自分達でどうにかしていたら、他所から見ると買うよりも余程高価な物で賄っていたという地産地消あるあるなのだ。
だけどちょっと方針は固まった。
それにだ。
「えぇっと、一先ず世界的な機関は置いておくとして。要請があれば何処にでも行ける医療班は、どうにか組織できるかなって思います」
「そうかい!?」
イゴール様の言葉に喜色が混じる。
こくっと頷いて。
「はい。菊乃井にはマンドラゴラ医療班の他領への派遣実績があります。帝国と派遣される先の了承があれば、マンドラゴラ医療班を派遣するのは可能かと。そこにエイルさん達医の一族を組み込めれば、その志は限定的にでも果たせます。あと次男坊さんの所でもやれるだろうし」
『そういえば、その次男坊とやらのところにもマンドラゴラ医療班は設立されたのだったな』
片胡坐をかいてベッドの上に座る氷輪様が、顎に手をやりつつ仰る。
次男坊さんのマンドラゴラは、あのザーヒルが説得してきたマンドラゴラだそうで、ザーヒルより寧ろザーヒルのお目付け役のアリサさんを「姐さん」と呼んで従っているらしい。ザーヒル、涙目……かどうかは知らん。ザーヒル自体もアリサさんには頭が上がらないそうで、物理的にも精神的にも尻を叩かれつつ頑張っているそうな。
頑張れとか言う立場にはないけれど、是非励んでもらいたいものだ。
ザーヒルが活躍すれば能力も戻るだろうし、そうなれば益々彼は次男坊さんに逆らえなくなるだろう。だって能力を取り戻すための場を用意してくれる存在なわけだし。ついでに私もカーリム氏やアーディラさん・アスランさん夫妻を益々顎で使いやすくなる。善きかな。
そんなことを考えていると、イゴール様が不意に首を傾げた。
それから「ロゴって? そんなものいるの? なんで?」とか、独り言を始められて。
氷輪様が片眉を上げて、それから『念話だ』と仰った。
「念話? え? 誰とです?」
『次男坊だな。今の医療班に彼の一族を将来的に組み込むという話をしているようだ』
「えー……」
見守っていると、イゴール様が会話を終えられたようで首を捻りつつこちらを見る。
「なんか『ロゴかマーク決めようぜ』って。同一の医療支援団体って、国の内外から解るようにした方がいいってさ。それを着けてマルフィーザの支援に行くから『なるはやで』だって」
赤十字みたいな、そのマークをつけてる人はマンドラゴラ医療班だって直ぐに解るようにってことかな?
うーむ。
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