書籍16巻発売記念SS・菊乃井家の食卓の下の力持ち
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次回の更新は、4/13の朝6時です。
通常の本編更新です。
旦那様がお茶会とお食事会を催される。
今、帝都では一番の話題がそれなんだって。
理由は一杯ある。
例えば嬉しい話だけど、菊乃井家の料理は凄いって評判だから。
菊乃井の感謝祭で料理長が「菊乃井家のおやつセット」というのを屋台で出したんだけど、これの評判が凄く良かったみたい。
おれも手伝ったけど、途中で何度も材料はなくなるのに、列が全然途切れなくって。
ご飯を旦那様やロッテンマイヤーさんや宇都宮さんが差し入れてくれたんだけど、食べてる暇もないくらい忙しかった。
あの時の列の中に、美食家で有名な絵描きさんとか音楽家さんがいたらしく、その人達が帝都で「旨かった!」ってお友達に話したらしい。そこから菊乃井家の料理の評判が広まったとか。
それに正月に帝都で行われた参賀のパーティーで、出されたお肉を噛むのに旦那様が苦労してたって話が合わさって、菊乃井家のご飯は宮廷料理よりも凄いっていうことになってるんだって。
それだけじゃない。
旦那様はまだ八歳だから、社交界に出入りしない。夜更かしは子どもには駄目なんだ。
菊乃井家でも晩餐会やパーティーとかしない。
その弱点?
それが何で弱点かはおれには分からないけど、そこを補うためにヴィクトル先生が帝都のお屋敷で芸術サロンを開いている。
そこに料理長が作ったポムスフレとか、他色々が持ち込まれて、サロンに招かれた芸術家さん達に凄く好評を得てるという。
あれ、おれも下拵えとかやらせてもらってるから、凄く嬉しい。
それに材料も評判が高いんだ。
菊乃井家には見たこともない食材が集まってくる。
それは旦那様が冒険に行った先で採取してくることもあれば、エルフの先生方がお持ちくださることもあるし、旦那様の御友人方が送ってくださることもあった。
旦那様なんか二回もリュウモドキ持って帰ってきたもんな……。
そういえば菊乃井のダンジョン、旦那様やレグルス様、かなつむがお肉を獲りに行くと凄く良いお肉を用意してくれるんだよな。
ミノタウロスとか牛よりデカい大猪とか、狂暴なくそデカい牛とか。
流石に魚が出たときは、旦那様も「あそこ、あんなトンチキなダンジョンでしたっけ?」って、真顔で大根先生に相談してたけど……。
あの魚、「賄いに使ってもいいよ」って旦那様の一声でおれも食べられたけど、信じられないくらい美味しかった。なんで海魚がダンジョンでビチビチ跳ねてるのかなんて、どうでもよくなるくらいに。
でもそういう事情なんかなくても、料理長の料理はマジで凄いんだ。神様が褒めるくらいなんだから。
こういうのもある。
去年お家を継いだ後、旦那様は色んなことをして手柄を立てて、陛下にお褒めの言葉を賜った。それも一回だけじゃなく何度も。
飛ぶ鳥を落とす勢いの旦那様と知り合いになって、自分もその勢いに乗っかりたいっていう人がかなり多いそうだ。
皇子殿下方とも宰相閣下とも仲が良いし、偉い人とお近づきになりたい人は沢山いるってことみたい。
変だよな?
仮令旦那様と知り合いになったって、その人自身が何かを為さなきゃ偉くは見られないのにさ。
おれがこういう話をすると、旦那様は「だよねー、分かるぅ」って返してくれる。
普通の貴族のお家では、使用人が旦那様に許しもなく話しかけるなんて、出来ないしあり得ない。でも菊乃井のお家、旦那様もレグルス様もそれを許してくださってる。なんだったら旦那様やレグルス様の方から「ご家族は元気にしてる?」「昨日のクルミ餅美味しかったよ!」とか「きょうのおせんべい、しおあじきいてたよ!」「にんじん、かわいくおはなのかたちにきれてたね」とか、他愛無い話を振ってくださるくらいだし。
そんな旦那様は、おれ達庶民の方が同じ貴族の人達より付き合いやすいらしくて、全然社交っていうのをしていない。
ヴィクトル先生のサロンだって、旦那様が嫌がりそうな貴族のお抱えさんはお断りだそうだし。
でもそんな旦那様が、正式な物じゃないとしてもお茶会やお食事会をやる。
それが一番の大きな理由みたい。
これを教えてくれたのは、帝都の菊乃井邸の家令のスチュワードさんとメイド長のメアリーさん。
お二人ともおれのじいちゃんとばあちゃんと同じ歳だけど、遥かに若く見える。きっと腰が曲がってたり、背中が丸まってたりしないからだろう。
そんな話をすると、メアリーさんもスチュワードさんも「背中が丸くなるほど、腰が曲がるほど、大変な苦労をして働いて来たということだから。労わって差し上げてね」って言ってたっけ。
その二人は、今回凄く張り切っている。
やっぱり社交のためのお食事会とかお茶会は、貴族にとって大事なことなんだそうだ。
うぅん、貴族だけじゃない。その家に仕える使用人にとっても腕の見せ所だとか。
訪れるお客さんに居心地よく、楽しい一時を過ごしてもらう。それがお茶会や食事会を支える使用人にかかってくるから、凄く大変で、でも誇らしいことなんだって。
旦那様がお若いから、まだそういう大事な舞台にスチュワードさんやメアリーさんが関われるのはずっと先。
そう思っていたから、今回は凄く嬉しいらしい。
だって招くお客さんが凄いんだよ。
お茶会の方は旦那様の御友人が来るんだけど、かなつむやアンジェちゃん、ラシード君や識さんやノエ君のいつものメンバーだけじゃなく、皇子殿下方やロートリンゲン公のお嬢様、それに新しくお友達になった貴族の人もくるんだ。
おれ達みたいな使用人には、そういう雲の上の方々を接待するって名誉なことなんだって、メアリーさんもスチュワードさんも教えてくれた。
でも張り切ってる理由は結局、旦那様が喜んでくれるからじゃないかな?
旦那様はいつも忙しくされてる。
それを旦那様はいつも「自分のためだからね~」なんて笑って言うけど、それだけじゃないことを皆知ってる。その旦那様にお友達がいて、ちょっとでも遊べるのが大事なことなんだ。
世間の人がどう思うとか、そういうのも大事なこと。
だけど旦那様が楽しくお友達と過ごせるのだって大切なことなんだ。
「なぁるほどぉ! テディが起こされたのは、そういう理由があるんですね~」
「うん。うちの料理を食べたい人がいて、でも滅多に食べられない。それが食べられるだけでも凄いことだけど、レクス・ソムニウムの食べていたのと同じレシピの物が食べられるってなればもっと凄いじゃん?」
「うーん。テディにとって前の御主人様は好き嫌い多くて、お魚の骨も自分では取れなくてソーヘー様にとってもらってたポンコツげふん我儘げふん、ちょっと難ありな人なんで、偉大な魔術師って言われても……って思いますけど、それでも歴史上の人物ですものねぇ」
「凄い言うじゃん……」
レクスってそんなだったの?
そういう視線を向けると、クマのコックさん・テディがペロッと舌を出す。悪戯が見つかったときの妹に似た仕草に、なんか懐かしさを感じる。妹には一昨日会ったけど。
テディはレクスの伴侶の「ソーヘー様」のお手伝いのために作られた魔術人形で、クマのぬいぐるみにコックコートを着た可愛い見た目とは裏腹に物凄く力持ちだ。中々言うし。
テディが厨房の手伝いに入って来たら、おれとアンナさんとでよくお話するんだけど、そのせいかおれの中のレクス・ソムニウムはわりと様子のおかしい人というイメージになった。
だってその「ソーヘー様」という人が「良い牛と豚のお肉を合い挽きにして、ハンバーグを作ると美味しいかも」って言っただけで、ベヒーモスとトゥルウィスという毒の滴る毛皮を持つイノシシを狩って来たらしい。どっちも高級食材だ。
レクスが狩ったトゥルウィスって、その当時に名前が付いてた個体で滅茶苦茶強くて災害って言われてたらしい。それをハンバーグのために狩ってくるって……。
いや、でも、旦那様もちょっとやりかねないところあるしな。
レグルス様がトゥルウィスを食べてみたいとか言ったら、狩りに行きそうだ。それ以前にレグルス様がイノシシの脳天かち割りそうな……。
深く考えるのは止めよう。
話を変えるために、おれはそっと手元に視線を落とす。
今おれが下処理をしているのは、ワイバーンの肉だ。
レクス・ソムニウムのレシピにはワイバーンを材料にした物もいくつかあるんだけど、ワイバーンも大概高級食材なんだよな。
皮を上手く剥がないと、肉と皮の間にある美味しい脂がなくなっちゃうので注意が必要。
このワイバーンはラーラ先生が獲ってきたヤツだ。お食事会のために用意したわけじゃなく、先生達の誰かが十日に一回くらい「食べたくなって~」って獲ってくる。
最初は冒険者ギルドで解体してもらってからお屋敷に持って帰ってきてくださっていたんだけど、大根先生におれやアンナさんが解体を習ってからは、皮付きのまま持って帰って来てくださるようになった。
その方が鮮度が落ちないし、旨くなる下処理も早く出来るから。
それに先生方が皮をお小遣いにしていいよって言ってくださるんだ。勿論旦那様のお許しもある。
おれはその皮のお金で、家でも料理の修行をしているんだ。アンナさんもそう。
二人で一緒に食事会を開いて、料理長や菫子さんをお招きして指導を仰いでるんだ。
今回のワイバーンも綺麗に皮を剥げれば、冒険者ギルドに持っていく。そうしてまた料理の修行をするんだ。
そんなことを考えていると、テディがおれの手元を覗き込む。
「テディ、菊乃井家って凄いなって思うことがあって」
「うん? どうしたの?」
「アンナさんもカイさんも、まだ見習いだって言ってたじゃないですかぁ?」
「え? そうだけど?」
「どこの世界にワイバーンの下処理を一人でやれる見習いさんがいるのかな~って」
「? おれもアンナさんも一人で出来るけど?」
「普通は出来ないんですよ。それも含めてワイバーンは高級食材なんです」
「えぇ……?」
テディがこてっと首を横に倒す。
ワイバーンの皮って凄く硬いけど、うちの包丁はよく切れるしな。大きさだって大人二人分くらいだけど、関節にきちんと包丁が入ればスパッと足も羽根も捥げる。筋とかも太いって言っても、切るべき場所さえ判ればどうってことない。
肉にするまでの工程は大根先生がきちんと教えてくれたし、肉になってからは料理長が何処に包丁を入れればすぱっと行けるか教えてくれたからだ。
「手順さえ解かればわりと簡単だけどな!」
ねえ、アンナさん?
少し離れた場所で作業しているアンナさんに呼びかけると、話を聞いていたようで「うん、女の子でも簡単に出来るんだよ~」って。
アンナさんはシーサーペントの滑りを包丁でガシガシ取ってる。
シーサーペントって重いし、皮も滑っていて硬いんだよなぁ。見るだけなら簡単に出来そうなんだけど、あの滑り麻痺毒があって。さっさと捌かないと身に麻痺毒が回って食べられなくなる。
食通の人には麻痺毒が回った身も美味しいって言われてるけど、おれはそういうのはちょっと。死なないのはギャンブルみたいなもんだし、食事でそんな博打を打たれても困る。
アンナさんは滑りを取り終えたシーサーペントを「どっこいしょ」と引っ繰り返す。大人の男一人分なので、大きさ的にはやや小さめのシーサーペントだ。
腹を開くのに、肛門部に刃を入れて頭部に向けて滑らせていく。上手だなぁ。
シーサーペントって細かい骨が多いし、そのどれもが固くて、一匹倒すまでに冒険者の剣が何本もお亡くなりになるくらいらしい。うちの包丁、本当に切れるから助かる。
「いやー、レクスの食卓も大概アレですけど、ここも人外魔境ですよねぇ」
「え? どうした?」
テディが何か言った気がするけど、ちゃんと聞き取れなかった。ワイバーンの尻尾を外した音が大きかったからだ。
「いえ、なんでもないです。以前はテディがシーサーペントやワイバーン処理担当だったので、懐かしいなって」
「そっかー。あ、今度トゥルウィスの下処理教えてよ?」
「はい、勿論!」
テディがにこっと笑う。
お食事会とお茶会が成功するといいな。
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