驚く白さもホラーのうち
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夜更けと言うにはまだ浅く、外の宴の賑やかさが病室として設定されたルーロットの静けさを余計に際立たせる。
背後にはロマノフ先生、横にはレグルスくん。
そういう布陣で対面したドラゴニュートの男は、ノエくんから聞いていた年齢より些か老いているように見えた。
たった数日とは言え、重篤な病に罹るわ、家族から棄てられるわ。
命の危険が去ったとしても、削られた体力が戻るまでには暫く時間が必要だろうし、それ以前に感情の振れ幅が大きそうだ。同情の余地は大いにあるのかも知れない。ただしこの男が、それまでに善良な生き方をしていれば、だ。
サラっと聞いただけでも姥捨ての強要だとかのモラハラに、家族に対するドメスティックバイオレンス、その他人身売買するような後ろ暗い連中とのお付き合い……。
どう考えても善良の正反対の生き方じゃないか。
さて、どうしてくれようか。
そう身構えてた訳じゃないんだけど……。
「俺のような罪深い人間は死ぬべきでは……!?」
「そんな短慮に走る物ではないですよ……?」
いや、本当にな。
蓋を開けてみると、男は今までの罪科に頭を抱えてまさしく「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」状態で。
どうしてこうなった……?
話しかけて色々制限するためにかけておいた魔術を解くと、何を考えたか舌を噛み切ろうとしおって。
ビックリしたけど、そこは先生の方が素早いので再び拘束。
話を聞いてみると、いきなり懺悔が始まってですね? 何を聞かされているんだろうって真顔になった。
そして何でこんなにいきなり変わったかと言うと、あの日、熱に魘される中で歌が頭の中に響いたのだとか。
最初は病で死にそうなときにと憤っていたらしいのだけど、聞いているうちに頭の中が「悔い改めよ」という言葉で一杯になり、次にスッと頭が真っ白になっていって、段々と今まで自分の価値観が塗り替わって、結果その人生の罪深さに戦いて……と。
「ヤベェじゃん……」
思わず滑り出た言葉に、思わず口を塞ぐ。
肩にポンっと大きな手が置かれて、振り返ったらロマノフ先生の顔には物凄く爽やかな笑みが浮かんでて。
「ええ、ヤベェですよ」
「ですよねー……」
乾いた笑いが喉から出る。
これって洗脳、もっと言えば人格を漂白しちゃったってやつでは……?
やってもうた。
喉からドンドン溢れてくる乾いた笑いを止められずにいると、隣にいたレグルスくんがぎょっとした顔でこちらを見る。
「あにうえ!? しっかりしてぇぇぇ!?」
あー、うん。だいじょう……ばないよ、これ!?
どうすんの、これ!?
どったんばったん。
私の乾いた笑い声と、ひよこちゃんの悲鳴、それから前非を悔いて人生にケリを付けようとするドラゴニュートの男の一悶着は、どうもエルフの地獄耳には届いたようで。
駆け付けて来てくれたヴィクトルさんとラーラさん、大根先生の後ろのノエくんを見た男が、「すまなかった! この詫びは命で」なんて言ってノエくんに縋りつくもんだから、ノエくんも「え!? 何!? 気持ち悪ッ!?」と怯え、それに識さんが怒り、彼女を止めるために皇子殿下方が引き離したり、ニルスさんが吹っ飛ばされたり。
折角助かった命を棄てようとするドラゴニュートの男に、エイルさんのお説教が始まったり、それも聞かないので奏くんがちょっと男を麻痺らせて。
阿鼻叫喚ですよ、ええ。
考えられる原因としては、私の神聖魔術を奏くんの弦打ちと紡くんの反閇で強化した影響だろうって。
そもそも私一人の神聖魔術でも菊乃井の町をフォローできるくらいの威力がある。今回はそこに念には念を入れよってことで、奏くんと紡くんの二人がかりでその威力を増幅したわけだ。そりゃ邪念どころか性格の歪みも漂白レベルで吹っ飛んで、驚きの白さになろうってもんだよ。
しかも何か綻びがあれば解ける暗示と違って、この漂白は根本からみたいなので多分一生物と来たもんだ。やっちまったな……。
男の話によると、話さなかったのは単に気力と体力がなかったのと、自分の罪を見つめるので忙しかったかららしい。
「率直に言って、被害者から望まれぬ謝罪には何の価値もありません。謝罪によってつけられた傷を、なかったことに出来るのであれば、また違うのかも知れませんが。残念ながら時は不可逆です。なので『死んで詫びを』なんて甘い考えは捨てなさい。楽になるのは貴方だけで、被害者は何一つ報われない」
「はい……」
しおしおと萎れる男にロマノフ先生の鋭い言葉が降る。
こんな説教臭いこと、年上の男になんで言わなきゃならんの? 私、八歳児よ?
そういう心の声をロマノフ先生が汲み取ってくれて、代わって男と相対してくれてるから。
というか、私は男のメンタルケアよりノエくんの聞き取りを優先したんだよね?
どうする、コイツ? どうするって言われても……みたいな。
まだ改心してないんだったら、メンタルも肉体ももうちょっと痛い目みようか……で終わったんだけど、改心通り越して漂白、まっさらだからねー……。
男の希望というか申し出としては、自分が虐げた人に今更どのツラで会えばいいか分からない、帰らない方が皆のためになる。なので責任取って自裁をって言う。
これに対してエイルさん達は「折角拾った命で、そんな馬鹿なこと考えるな」ってお怒りだ。
被害者であるノエくんも「死なれても、後味が悪いよ……」って感じ。
識さんは「ノエくんが望まないのに、私が『死んで償え』って言うのはおかしいじゃないですか……」と、凄く不機嫌そうな顔で。
「あのぉ、でしたら賠償金をお支払いするのはどうですか?」
おずおずとニルスさんが手をあげるのに、統理殿下も頷く。
「それぐらいだろうな。もっとも他の卿を憎む者や恨む者は、ノエシスとは違う答えを出すかも知れないが……」
「被害者に手を汚させるのも、どうかという話にもなるだろうしね」
シオン殿下の呟きに、皆がそっと目を逸らす。
ノエくんと識さんの話によると、ドラゴニュートの男を棄てた娘さんは、それはもう覚悟がガンギマリの娘さんらしいし。
だからと言って菊乃井に引き取るのはちょっと。
主にノエくんと識さんのストレスの元になりそうだしな。
考えていると、不意にレグルスくんが私の手を引いた。
「ブラダマンテさんにそうだんしたら? ブラダマンテさん、ろうらんきょうこうこくのろうやにゆるしのぎしき? そういうのにほうしでいってるんだって。ろうやからでたあとのはたらくばしょのおせわとかもしてるってきいたよ」
「奉仕活動で、罪人の懺悔を聞いてるのは知っているけど、更生支援までなさってたのか……」
なるほど、これは頼りに出来るかも。
男の体調もまだ本調子とは言えないし、ブラダマンテさんにお願いするので、今少し一族の皆さんに彼を預かってもらうことになった。
ドラゴニュートの問題は、一応一旦終わったと考えていいだろう。
男には極端なことをしないよう言い含めると同時に、自害防止の魔術をこっそりかけておいた。
それでまた宴に戻ったわけで、焚火を見つめつつレグルスくんの頭を撫でる。
「夏休み、そんなに遊べなかったね。ごめんね?」
「うぅん、おれ、たのしかったよ! ほんとうだよ!」
「うん、私もレグルスくんと一緒だったから楽しかったよ」
でも忙しくしてて、本当に遊べたかと言えば謎だ。思ったよりレグルスくんと一緒にゆっくり出来てないし。
残念に思っていると、レグルスくんがモジモジと手を動かす。そして上目遣いに見上げて来た。
「じゃあ、おうちにもどったらおにわでキャンプしようよ!」
「うん、そうしよう!」
小指と小指を絡めて「指切りげんまん」をする。
こういうお約束はなんぼあってもええんですぅ、だ。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




