危機
「ぶっちゃけ、彼女の病気を直すならこれを飲ませるだけでいい」
桐生学院附属病院の一室で改めて会った八坂と日加理、前置きなく本題に入った。
「信じられないかもしれないけどね、僕の世界じゃこの病気は治療の目処が立っていたんだ。そんなわけで日加理さんから言われるまでこの病気の話を聞くまで忘れてたんだけど…信じられるかい?」
これまで診てもらった医師には治療方法はまだ見つかっていないと散々言われてきたのだ。ましてや“僕の世界“などと言われてしまえば怪しいとしかいいようがない。
「それで、私は何をすればいい?」
だから全くノータイムでそう言われて逆に驚いたのは八坂の方だった。
「それとも嘘だったんですか?」
毒気が抜かれる、とはこういうことだろうか。
「いや、本当だ。因みにその薬を解析して精製方法を確立すれば多くの患者さんが救われ、日加理さんは歴史に名を残すことも難しくないよ?」
そう言ってみると、目の前の少女は苦々しく応えた。
「私は聖人君子じゃない。たとえ恨まれ他としても、見ず知らずの誰かより妹の方が大事だし、この薬の研究のためにどこかに持ち込んだとしても、その研究所で握り潰されておしまいでしょう」
八坂は両手を挙げて肩を竦める。
余談だが、これまでの人生経験は日加理の人を見る目を鍛えさせていた。“信じられない話だが、この男は嘘をついていない“それが八坂に対する日加理の評価だった。
「これを飲ませるにあたり、注意点とかはある?」
全幅の信頼をおいているわけではない、が今はそれを信じるしかなかったのである。
「いや、別にないけど。流石に交換条件の話を聞いてからの方がいいんじゃないか?」
日加理は手を八坂から隠すように後ろに持って行ったが、八坂には見えていた。指先の震えを隠すように握り締めるのをー。
「早くヒナー妹を元気にしてあげたいので」
そう言うと踵を返して妹の部屋へと向かう日加理。
しばらくして戻ってきた日加理。
水を飲ませるときにでも一緒に含ませたのかもしれない。
「それで、私は何をすればいいの?」
覚悟を決めた表情だった。八坂が彼女を見極めたのもこの瞬間である。恐らく日加理は身体を売らされるなどの可能性も考慮したうえで、敢えて聞かずにのったのだ。
ーーー聞いてしまえば受けることができないかもしれないから。
「実のところ、皮肉にも僕たちの活動によって表沙汰されていないけれど、この世界に危機が迫っている。」
日加理は口を挟まずに聞いていた。
「同じ場所、同じ時間だが別の場所、それを我々は“チャネル“と言っているがこちらでは平行世界って言う方がわかりやすいかな。そこからこの世界へと侵攻してくる存在がある」
どこか信じ切れていないのが表情から見て取れるが、八坂は話を続ける。
「科学を主軸に発展してきたこの世界では認知されていないが、“存在感“いやそれだと某影役バスケ漫画みたいだから“存在力“と敢えて訳することにするが、そう言うエネルギーがある。鉄が鉄であること、植物が植物であること、そして、例えば日加理さんが日加理さんであるということ、だ」
八坂は一端水を口に含んで話を続ける。
「日本でそんなものを作る企業はないだろうが、例えばボディーを紙で作った車に乗りたいと思うかい?まぁ普通はないだろう。ボディーが鉄である、ということには意味があるんだ。その“存在力“を取り込んで生きる存在がいる。僕たちは“瘴鬼“と呼んでいる。それと戦う存在、“魔法少女“になってほしい」
いきなりファンタジーの要素が増えてきて流石に困った日加理。
タンターンタタタターン
一時期流行ったアニメの着信音が流れたところでますます大丈夫かと疑い始めることになる。
「所長!よかったつかまった。上野で瘴鬼の存在が確認されました。一先ず2チャネルに飛ばしましたがその…ちょっと問題がありまして急いで戻ってください!」
「分かった、すぐ戻る。…すまない緊急事態だ。いや、そうだな、日加理君。信じられないって顔をしているようだから実際に見てもらうことにしよう」
そう言ってついて来るように言いながら早足で歩き出す。使われた様子のないロッカールームに入ると左から三番目、壁側のロッカーを開く。その先に道が続いており、突き当たった先にはエレベーターがあった。
手で誘われて乗り込むと、下へ下へと降りていく。動きが止まりドアが開くと何人かの人がそこで待っていた。
「所長、大変なんです!」
待機していた人の一人が代表して声をかける。
「落ち着きなさい。上杉さんか左文字さんに出撃してもらい、倒せればそれでよし。そうでなくとも稼いでもらった時間で対処方法を準備する。いつも通りやればいいだけだろう」
八坂が落ち着かせるように静かに話しかけている。
「それが…二人とも部活の合宿で県外に出ちゃってるんです。どちらかがいれば何とかなるって思ってたらしくて。独断で申し訳ないですが理事にコンタクトをとってプライベートヘリを回してもらいました…がそれでも“渡界“までには間に合いません」
悲痛な声で訴える職員さん。
「独断の件については問題ない、よくやった。しかし、だ。なんのためにエヴ○の通常放送版を見ていろいろな事態を想定したと思ってるんだ?
修学旅行も無しにして代わりに理事のプライベートビーチを借りたのか…これでは意味がないじゃないかいやいやそれよりもまずは事態の収拾を図らないと…」
ここでようやく正気に戻った八坂が日加理を見た。
「そうか!幸にも日加理君がいるじゃないか!こちらの不手際に巻き込んで悪いとは思っているが、時間を稼ぐだけでいい、頼む!」
断り切れずに了承した日加理は女性職員に連れられて更衣室へと向かう。
「これを着て」
そう言って出されたのはピンク色で、白のフリルが各所につけられた可愛らしいワンピース。
「チェンジで」
思わずそういった日加理を誰も責められないだろう。
「今は時間がないの」
無理矢理着せられたそれは少し大きめだったが、胸元の宝石がキラッと光ると日加利にピッタリのサイズに調整される。
顔を真っ赤にした日加利は円形の部屋へと入れられ、光に包まれたかと思うとそこは灰色一色の世界だった。
「日加利君、聞こえるかい?」
「はい」
骨伝導なのか直接響くような八坂の声に小さく応える。
「そこからまっすぐ600mほど先に瘴鬼にのまれた熊がいる再び日本に飛ぼうとするのを防いで欲しい。10分も稼げれば援軍を送れるから!」
焦っているのか、肝心なことを伝えて来ない。
「魔法少女っていうんなら魔法が使えるんですよね?どうすればいいんです?」
「あ、そうかそうだね。胸元の宝石部分から血流のように光が身体を巡っている様子を思い浮かべて。」
言われたようにしてみると体を淡い光が覆っていた。
「それを維持して!瘴鬼には直接触れちゃダメだ!その光越しに相手するんだ」
おい、そんな大事なこと言い忘れるなとツッコミを入れそうになるのをかろうじて堪えた日加理である。
「時間を稼ぐのは分かったけどさ、別に倒してしまっても構わないんでしょ?」
「へ?」
マヌケな返事を置き去りにして、日加理は飛んだ。




