桐生学院
「改めまして、私は八坂智宏といいます。異界間防衛局の所長をしています。」
元々は上等であったであろうスーツをヨレヨレにしている目の前の男の発言に日加理は眉間にシワを寄せた。
それも無理はないだろう。余りにも胡散臭い。
自分の解釈がおかしかったのかもしれない。
弱っている人につけこむのは詐欺の上等手段である。
が、こっそりと距離をとる日加理を前にしても八坂と言った男は構えることなく笑っていた。
「まぁおかしいと思うのは当然だね。最も君くらいの歳にしては少し警戒が厳しいけれども。名前を聞いても、いいかい?」
その表情に微かに警戒を緩めてしまった日加理は自分の甘さに舌打ちを打つ。
自分に向けられた笑顔。
家族を除けば、そうそうありえないものだった。
「緋扇 日加理」
とりあえず名乗られたので、礼儀として返す日加理だったが、そこは警戒して母方の姓を使った。意外だったのは八坂と呼ばれた男がその名を聞いて、表情を隠しきれず歪めていたからだ。
普段は使わない名前だ。どこかで聞くということはないはずなのに。
「…悪いが先ほど言っていたことは聞こえていたんだ。妹さんに何かあったのかい?」
八坂の声には真摯な響きがあった。
そこに少し不思議な気はしたが、
「妹が病気に、まだ治療の目処がたってない病気になったって…」
それ以上続けることができずに俯いた日加理。
「その病気を治せたらおじさんの言うことを聞いてくれるかい?」
勢いよく顔を上げた。
「もし本当に治せるんなら、なんだってします!」
こんなところはまだ子供か、と八坂は思った。
「なんでもとか言っちゃだめだ。ちゃんと相手の言うことを聞いて確認しないと、不幸な目に会うよ」
ビクっとした日加理は八坂を強い視線で見返すと
「ヒナが、妹が病気だと分かって、義母は健康に産んであげられなかったと言って泣き、父は自分が関わる相手が不幸になると言って悔やんでいる。家の中がまるでお通夜みたい。うーうん、このまま行けば本当にお通夜になってしまう。これ以上不幸なことなんてない」
「……君の将来がすこしだけ心配になった。だけどその啖嘩は久々にスカッとしたよ。スカウトのために人に紛れて暮らしてるけどね、嫌なニュースとかばっかりで気が滅入ってたんだけど久々にいい気分だ。」
そう言った八坂の表情は変わらず笑っていたが、さきほどよりも明るくなっていた気がした。
「普通ならこっちの要求をのんでもらって対価を払うんだけどね、今日は気分がいい。先払いでいいさ。妹さんはどこにいるんだい?」
「~~大学付属の病院です。」
といえば、
「あ~、あこも設備は揃ってるけどねっ、と。あ、もしもし、理事長ですか?ええ、ちょっと~」
いきなりどこかと電話を始めてしまい、その日のうちに転院が決まってしまった。
ーーー桐生学院。
親達が3世代に渡って営んできた小さな町工場から始め、各分野においてトップの企業たちと鎬を削る桐生グループと呼ばれるまでに成長させた今世紀の傑物、桐生 鹿臣。 まだ隠遁には早いだろうと惜しまれつつも息子にグループを譲って、自分は都心からすこし離れた地に学園を興した。
私立でありながら、公立同様の学費。設備はどこの私立よりも優れていた。どう考えても赤字だと言った家族に、
「構わん。次世代の若者達を育てるための投資だ。私のポケットマネーでは足りないか?」
と言われ、言い返すことができなかった。
しかも、代は譲っても未だ力のある鹿臣に近づこうとする者は多く、学院の募集人数を遥かに
超える応募が集まったのである。
学院内で資産家であるかどうかなどの地位による上下関係の持ち込みは一切許されなかった。
自称某大企業の息子はその地位をもって下請会社の息子に嫌がらせをしたということで容赦なく退学にさせられたほどだ。
学院に送り込んだ親からすれば、鹿臣に近づけなければ意味がないと子供を叱り付ける程であったが、子供からすればやりたいことができる良い学校だったのである。後に卒業した学院生達の進み先は数多くあったが、そのどれもが優秀であり、桐生学院の評判は高まりつづける一方であった。
その桐生学院の附属の病院へと突然転院することになった日加理の家族は驚いたが、もしかしたらという期待をせずにはいられなかった。




