回想 (下)
「小学生に家事全般をさせる親がどこに居るの!」
志津の一言で貞一と日加理の生活は大きく変わった。志津は朝起きたら日加理達のマンションへと向かい、朝食の準備をする。ほぼ完成したら娘を起こしに自宅に帰り娘の準備をさせて再度貞一達の家へ。
4人で朝食を摂ると、日加理と志津の娘の日向は小学校へ通学し、貞一と志津はそれぞれ出勤するのである。
夜は志津が仕事終わりに貞一の家に行き夕飯を作り、4人で食べて日向達は帰るというサイクルが出来上がったのだ。
正直日加理にとっては暇になるだけであった。
志津達の帰りを待つ間、日向と一緒に家で待つことになったのだが、夕飯の準備をしていた時間がまるまる空いてしまったので図書館で借りてきた本を読んでいる。
そうなると、日向が一人になってしまうのだ。
チラチラとこちらに視線を向けているのを日加理は何度か感じていた。
仕方なくそちらの方に顔を向けるとパアッと表情を明るくして擦り寄って来る様子に犬のような子だと思った。
「おねえちゃん難しいご本読んでるね」
そう言って私を見上げる眼差しはキラキラとしていて、ちょっとくすぐったかった。
なんでだろう、私は同じように本を読んでいるだけなのに日向は楽しそうにそんな私を見ているのだった。
率直に言って、日向はかわいい。
見目がいいのもあるが、それ以前に性格がいいのだ。同級生からも好かれていて、近所の人たちも日向が通学していたりすると、笑顔で声をかけるし、日向もまた元気に挨拶を交わすのだ。
そんな日向が妬ましいと思わなかったか、といえば否定は出来ない。ただ、日向は日加理にも同じように声をかけてくれるので、というかどこか憧れのようなものまで含んだ視線で日加理を見ているようで日加理がグレずにすんだのもそのせいかもしれない。
そんな日々が続いて、貞一と志津は再婚した。
変化と言えば無駄が減ったということだろう。
事前に貞一は日加理に言ったのだ。
日加理はあっさりといいと思うと言った。
本当は母のことが消えていってしまうようで嫌だったのだが、まだ若い父を一人でいさせるのはかわいそうだと思ったからで、やはり小学生の思考ではなかった。
義妹ができるというちょっとしたサプライズが起きた以外はそれほど変わらない日常がおくられるはずだった。
通学の途中の少し勾配のきつめな坂道を歩いている途中で、いつもは横を歩いている日向の姿がなかったのだ。慌てて振り返ると、立ち止まって呼吸を乱していた。
「ヒナ?」
私は駆け戻って日向の肩に手をやり、表情を見た。確かに少し急ではあるが、その反応は流石に異常だと判断した日加理は救急車を呼んだ。
その病院で言われたことは、詳しい検査をするために別の病院を紹介しますということだ。
ちゃんとした検査をした方がいいと応えるその医師は誠実そうな人だった。決してたらい回しにしようとかそんな風ではなかった。
移送された先での検査結果も変わりはしなかった。
筋力が発達せず、衰えていく病気としか日加理には伝えなかったが、日加理は自分で調べて行き着いてしまった。
ーーーいずれ、心臓の筋肉が動かなくなり、呼吸不全や心不全になる可能性が高いということ。
日加理は図書室を乱暴にかけ出た。
ただどうしようもない憤りに動かされてのことで、特に目的があったわけではなく、たどり着いた先があまり人の通らない橋の上だったのは偶然だ。
「なんでヒナが…ヒナを助けて!私だったらなんでもするから!」
答えを期待したわけではない。
これまでの人生で助けを求めて叶ったことはなかった。いつだって自分でどうにかするしかなかったのだ。吐き出さないと気が狂いそうだったのでそう言っただけだった。
だからーーー
「今、何でもって言ったよね?願い事を言って!魔法少女になってよ」
そんな答えが返って
きたことに日加理は驚いた。
「……それって悪役の台詞じゃありませんでしたっけ?」
あまりに驚いて、現状を忘れて真面目に返してしまうほど。
日加理は基本的に教室ではどこかを見ているが教室内での会話を聞き分けていた。どこかで友達とくだらない話をしたいという思いがあったのかもしれない。
その中で男子が興奮して話していたアニメの内容と先ほどの台詞が引っ掛かったのだった。
「え?」
という驚きの声が返ってきて、
「え?」
その驚きようの凄さに日加理も驚いたのだった。
思わす日加理は声のした方に振り向くがそこには誰も見当たらなかった。
いや、いた。
地面に四つん這いになってへこんでいた。
「まだ、見始めたばかりだったのに……」
「え、えっとゴメンナサイ?」
これから短くない付き合いになる二人の出会いは酷いものだった。




