回想 (中2)
終わりませんでした。
魔法少女
貞一が復帰して半年程経った頃、貞一の狂態は完全に同僚達の知るところであった。
得に女性社員同士での情報の共有具合は恐ろしいほどである。
「それじゃ、娘さんはどうしているの?」
そう真っ先に尋ねたのはプロジェクトの関係で貞一の勤務先に出向していた和泉志津だった。
貞一とも共同作業をすることが多かった志津は日加利のことも聞いたことがあったのだ。
志津は若さ故の過ちというやつだろうか、結婚した相手が浮気をしていたことを知り、問い詰めたところ逆ギレして暴力を振るう始末であった。
二人の間には娘が一人おり、彼女のことも考え、早々に離婚を決意した。機嫌をとりながら酒を飲ませ、酔っ払った男をうまく誘導して離婚届けに名前を書かせると、すっと表情が落ち娘の手を引きその場を去った。
要するに彼女は怒らせてはならないタイプであった。
自分も娘がいるからか、それともふがいない男への怒りが再燃したのか仕事をほうり出し、キーボードを叩いている貞一を無理矢理引っ張って空いていた小会議室へと連れ込むと、やんわりと聞き出し始め、少しずつ話を聞くにつれて眉間にしわが寄るのであった。
最後まで聞いた志津は頬を叩くと、自分の会社に連絡をした後、貞一の上司に言って早退した。
子供のことも貞一のことも心配であったのだ。認めない理由はなかった。
が、何より笑っているのに笑っていない志津の表情を前にして否定の言葉を出すことはできなかったのだった。
開けるのが恐ろしくもありながら、開けないわけにもいかず、覚悟を決めて飛び込むと
タタタタと軽快な音がして女の子が玄関まで走ってくる。
その顔は始め困惑、そしてわずかに口角が上がったのを志津は見逃さなかった。
「お帰りなさい。御同僚の方ですか。娘の日加理です。父がいつもお世話になっています」
そう言ってペコリと頭を下げるのを志津は呆然と見ていた。
日加理の表情に焦りというか困った様子を感じとったところで冷静さを取り戻し、
「和泉志津です。日加理ちゃんのお父さんには私の方こそいつもお世話になっているわ」
それは珠が亡くなる前であったが、嘘ではなかった。出向してきた珠とチームを組むことになった貞一が不慣れだった志津の面倒をみたのだった。
そう言った後の日加理は少し嬉しそうに見えた。
が、その表情がすぐに歪む。どうしたのだろうと志津が思ったあたりで少し焦げ臭いのに気づく。
「ごめんなさいっ」
そう叫んで走り去った日加理の後を追ってみれば、吹きかけている鍋と少し煙りを上げているフライパン。
机の上には料理を盛りつけるための皿が並べられていて……それは一人分だった。
日加理ちゃんが自分の分の夕飯を作っていたのかと思ったが、すぐさまそうではないと気づく。対面の席にも料理が並べられていたから。但しそれはメニューが違っていた。
どちらかと言えば朝食のメニューだと思った志津が気づいたのはやはり志津が主婦だったからだろう。
思わず日加利を抱きしめてしまった志津と突然のことに戸惑う日加利。
そして存在を一切許されていなかった貞一であった。
「ちょっとお父さんを借りるわね」
そう言ってリビングへと貞一を引っ張っていくと、台所へと視線をやる。日加利は焦げを払って皿に並べていた。
「今日だけじゃない、あの子いつも料理しているのよ。貴方の帰りをずっと待ってたのよ!!貴方は何をやってたの!」
貞一の胸倉を掴む志津の表情は怒りよりも悲しみであった。
そして貞一もまたこの状況に戸惑っていた。自分が最低なことをしていたことを否定することはできない。
だが、貞一は渡したお金で何かを買って食べているものだと思っていたのだ。日加利が歳不相応に賢いことは知っていた、
が、そんなことをしていたとは全く知らなかったのだ。
言葉もなく立ちすくんでいた貞一の元に日加利がやってきた。
断罪を待つかのように何を言われるのか待っていた貞一にかけられた言葉はやはり予想外だった。
「ごめんなさい。お客様がお出でになるとは思わなくて準備が出来ていません」
ーーーまさかの謝罪だったから。
謝るのはどう考えても貞一の方である。
「私はちょっと相談があったから寄らせてもらっただけなの。気にしないで」
志津が助け舟を出すと、一旦台所へ行き急須などを持って戻ってくると不慣れながらも手順通りにお茶を煎れる。
「先にご飯を食べてらしてください」
それは“食べて上げなさい“という命令である。
客人を放っておいて食事をするというのは流石にどうかと思うが志津の視線は死線である。言うことを聞かないとわかるわよね?である。
「失礼して頂こうか」
貞一はそう言うしかなかったのである。
ヨロヨロと席につく。メニューを眺め見て、珠の料理の面影を感じた。
流石に珠より多少不格好なのは逆に少し安心したくらいだった。
そして焼き魚に箸を伸ばして気づく。
珠は少し強めに焼く癖があり、皮の部分が良く焦げていたのだ。
日加利の中に珠を見て、少し思うところがありながらもそれを口にした。
味覚がまだ子供仕様なのだろう味付けちょっと違うのだが、確かに珠の味付けだったのだ。
「お父さん!美味しくなかったら無理しなくていいよ!」
対面からそんな声がして、
「いや、うまいよ」
というのが精一杯だった。
ちょっと塩気が強かっただけだから。
志津は結局その様子を見て、自分が口を出す必要性はなさそうだと思ったのだった。




