回想 (中)
父、貞一の憔悴ぶりは日加理から見ても見るに堪えないものであった。
忌引の間、ただ黙してろくに食事も摂らなかったほどだ。そんな状態だったから、忌引が明けると同時にちゃんと仕事に行ったことに親戚達もホッとしたものだ。勤務先の上司・同僚も貞一のやつれ具合には心を痛めたものの、復帰直後にも関わらずその仕事ぶりには目を見張るものがあり、後は時間が解決してくれるのを待つのみだと思ったのも無理はない。
復帰1日目、貞一は夜遅くまで帰らなかった。残業ではない。
むしろ休む前よりも活発な働きぶりで定時に帰宅した貞一を、残された娘さんのためであろうと、誰も文句を言わなかった。最も仕事自体きっちりと終わらせていたため、文句の言いようもなかったのだが。
娘想いの姿勢に対し同僚たちの評価が上がっていた。
しかし、事実は違っていた。貞一は虚無を埋めるためにがむしゃらに働いた。何かに埋没してしまわなければどうにかなってしまいそうだったからだ。
それも終わってしまえば後は酒に逃げるしかなかったのだ。
時計の両針が頂点を突く頃を回って黙々と飲みつづけ、いよいよ閉店だと言われるまで飲み続けてようやく帰宅したのだった。
家に着いた時には3時を過ぎていた。
そして家に着くなり眠りに就き、泥のように眠るのであった。仕事に、酒に、夢の中にとひたすら眠る貞一は気付かなかった。
日加理が台所で眠っていたことに。
そこには二人分の料理が並んでいた。
貞一が眠った数時間後、入れ代わるように、目が冷めた日加理は悲しそうに机の上を見た後、朝食の準備をしながら、昨晩の食事の残り(・・)を弁当箱に詰める。ぎりぎりまで寝ていた貞一は目を覚ますとシャワーを浴び、支度をするとそのまま通勤してしまう。日加理は貞一の分の朝食を冷蔵庫にしまうと自分も通学する。
貞一は復帰の日、小学生の日加理に渡すには多すぎる額を渡した。それは食事代であり、日加利の養護の放棄であった。
好きなものを買って食べろという意味で渡したのだった。
予想外だったのは日加利の行動だったのである。放課後市立の図書館で婦人向け雑誌のレシピを見て、帰りにスーパーに寄り食材を買って帰り、部屋や風呂場の掃除、それから夕飯の準備。
貞一が朝食を食べなかったことから、日加利の夕飯はそれになり、貞一の分だけを作るが、それは翌日のお弁当になるのだった。
病弱だった母のお手伝いをするうちに自然と家事を覚えていた日加利であった。
一見すると良い父親然とした貞一の勤務体制が狂ったーーーようやくーーーのは女性社員からの苦情であった。毎日身嗜みを最低限整える貞一であったが、毎晩の飲酒により酒臭さが抜けなくなっていたのだ。
初めの内は飲まずにはいられないのだろうと見守っていた同僚達であったがそれが一週間になり、二週間目に入ると流石に文句を言う者も現れだした。
女性の社員を敵に回すと色々とやりにくくなると判断した上司は貞一を呼び出した。
勤務後のことに口を出すのはあれだが、苦情が出てきている、という軽い警告であった。
それで一旦は酒量を減らすものの、日をおくと再び元に戻るということを繰り返して半年近くが経とうとしていた。




