回想 (前半)
日加理のこれまでの人生を一言で言うならば、
「生れつきの目つきの悪さで損ばかりしている」
これに尽きた。
幼稚園の頃は、見ただけで相手が泣きだし、自分自身が幼児にも関わらず、地元の大きめのスーパーで迷子の子を案内所に連れていこうとすれば、相手の子が泣きだし、偶然それを見つけた母親に、
「うちの子をどうするつもり!?」
と言われたこともある。
後に知ったことだが、両親の結婚は主に父方の親戚に反対されていたらしい。
唯一日加理を無条件に愛した母珠は、元々体が弱く、日加理を産むと母体の安全は保証できないと医師に言われた。
日加理の父貞一は養子をとればいいから出産は諦めようと珠に言ったが、
「私と貴方の子が欲しいの。元々私は長くは生きられなかったわ。それなのに私と一緒になってくれたあなたには感謝しているの。私たちの子供がいれば、あなたを一人にさせないで済むわ」
そう言って譲らなかった珠はなんとか出産を終えたが、やはり負担は大きかったのだろう。
起き上がれずに寝たきりで過ごす日もあったが、元気な日は日加利と過ごした。
残りの日々を日加利のために使うつもりだったのだろう。
小学校に入って3年生になった頃、珠が亡くなった。
元々長くはないと言われていたが、それでも見立てより長く生きられたのは日加理さんのためでしょうとはかかりつけの医師の言である。
日加理はもちろんのことだが、貞一にとって珠の死の影響は大きかった。殆ど抜け殻同然の体で葬儀をあげた。
日加理はその父の様子を見て、どれだけ母のことを思っていたのかを幼いなりに感じ取ったのか自分がなんとかしないと、と幼いなりに集まった人にお茶を出したりできることをしていた。
「まだ若いのにねぇ。貞一さんもどうするのかしら?まだ幼い子もいるのにねぇ」
「あの子の目つき、見ました?まるで鬼の子のようだったわ。貞一さんもどうしてあんな女と結婚したのかしら」
そんな会話が聞こえてきた。
結婚に反対していた父方の親戚であったが、日加理が知るよしもないはずであったが、
「わたしのことをなんと言おうと構いません。ですが、今日弔う母のことを悪くいうくらいなら帰ってください」
そう言って押し付けるようにした香典袋は正しく持ち主のものだったのである。
「失礼なガキだねっ」
どう聞いても負けぜりふにしか聞こえないような言い草で帰って行ったのを見送って日加理は悔しかった。自分のせいで母が悪く言われることが。
結局葬儀の間、日加理は一切涙を見せなかった。残っていた親族には
「まだ母親が亡くなった実感がないんだろうねぇ」
などと言う者もいたが、日加理は理解していた。日加理が涙を見せたのは通夜の後の寝ずの番の時と、葬儀が終わった後だった。
皮肉なことに、目つきの悪さで仲の良い友達が出来なかったことが日加理を成長させていた。
一人でいることにすでに慣れてしまっていた日加理は、普通なら友達と遊ぶ時間を本を読み、宿題をするのに使った。起きられないことも多くなっていた母親の面倒をみるためでもあった。
そして日加理には才覚もあったことは幸いだったのかどうか。元気だった時には料理をする母親にべったりだった日加理はその時の手順などもすっかり覚えてしまっていた。
珠の代わりにお使いにも行くようになっていたこともあってすっかり料理もできるようになっていたのだ。
母の早逝により、日加理の異常なまでの成長はより加速度を増していくことになる。




