第2話 魔法少女
音がない。
何も、聞こえない。
自分の浅い呼吸の音も。ドクドクと不規則に刻まれる心臓の鼓動も。 さっきまで確かに頬を撫でていた夜風の音も。遠くを走る車のエンジン音も。夜の静寂を満たしていた虫の声も。
すべての音が、まるで世界そのものが丸ごと綺麗に消し去られてしまったかのようだった。
ミユは目を閉じているのだろうか。それとも、開いているのだろうか。 視界にあるのは圧倒的な無であり、上下の感覚も、自分の手足がどこにあるのかという触覚すら失われていた。
手応えのない暗闇の海。 ただ、意識の欠片だけがぷかぷかとそこに浮かんでいる。
――私は、どうなったの?
問いかける声すら、音にはならなかった。
やがて、その意識の欠片すらも深い沈黙の底へと沈み込んでいき――意識は完全に途切れ、世界は一度、真っ暗に閉じた。
◇
「……ん」
喉の奥から、小さく息が漏れた。 まぶたの裏側が、じんわりと温かい光に包まれているのを感じる。
ゆっくりと、まぶたを開いた。
② 目を開けた瞬間、世界が変わっている
「……ここ、どこ……?」
身体を起こしながら、ミユは呆然と周囲を見渡した。
そこは、見慣れた自分の部屋ではなかった。それどころか、屋根も壁もない「部屋」とすら呼べない場所だった。
足元にあるのは、まるで綿菓子や柔らかい雲を敷き詰めたような、フワフワとした純白の床。足を踏み下ろしても沈み込みすぎず、不思議な弾力で身体を支えてくれる。 見上げれば、頭上には現実の夜空とも昼の空とも違う、淡いピンク色と紫が混ざり合ったファンタジックな空が広がっていた。空間のあちこちには、小さな星やハートの形をした光の粒が、まるでシャボン玉のようにぽつり、ぽつりと揺らめきながら浮かんでいる。
「……え?」
夢でも見ているのだろうか。あまりにも非現実的な光景に、ミユは自分の手元に目を落とした。
そして、思考がぴたりと止まった。
「なに……これ……」
視界に入ったのは、白い手袋だった。 昨日まで使っていた冬用の防寒手袋でも、掃除用のゴム手袋でもない。指先までぴったりと隙間なく覆われた、シルクのように滑らかで、微かな光沢を放つ上質な手袋。
視線を上に辿る。 腕にはフリルがあしらわれた上品なピンク色の袖。胸元には、存在感を主張する大きなリボン。 立ち上がってみると、ふわりと裾が広がった。白とピンク、そして淡いミントブルーのラインが重なり合った、多層構造の華やかなフレアスカートだ。
そして――。
「……髪……?」
肩から胸元へと垂れ下がっている毛先に触れた瞬間、ミユの手が止まった。
一房つまんで、自分の目の前に寄せてみる。 そこにあったのは、昨日までの自分のおとなしい黒髪ではなかった。
鮮やかな、ミントブルー。 まるで澄み切った南国の海と月光を溶かし合わせたような、透きとおるほど綺麗な淡い青緑色の髪。腰のあたりまでゆったりと伸びたその髪は、触れると驚くほどサラサラとしていて、指の間を滑り落ちていく。
「……え? ええっ!?」
慌てて両手で自分の髪を持ち上げてみる。どこを触っても、自分の地毛としての感覚があった。カツラなんかじゃない。
「な、なにこれ……! 私の髪!? 服はどうなってるの!?」
③ 鏡を出す
パニックになりかけたミユの目の前で、フワフワとした雲の床の一部が微かに波打った。 そこに、湧き水のように澄んだ透明な水溜まりが広がっていく。
水面は鏡のように平らになり、ミユの姿をはっきりと映し出し始めた。
ミユは吸い寄せられるように、恐る恐る水面を覗き込んだ。
「……っ」
そこに映っていたのは――。
黒髪の、ごく普通の、どこにでもいる女子高生の自分ではなかった。
腰まで届く鮮やかなミントブルーのロングヘア。 瞳の色は、髪色と同系統の美しいターコイズブルーに変わり、星のような輝きを宿している。 ピンクと白を基調とした、おとぎ話に出てくるような可憐な衣装。胸元と背中には大きなリボンがあり、腰には小さな可愛らしいポーチがちょこんとついている。足元には、すっきりとした白いショートブーツ。 そしてミントブルーの髪には、小さな星型のヘアアクセサリーがキラリと輝いていた。
アニメやマンガでしか見たことがない。 絵本の中でしか存在しないはずの姿。
――魔法少女。
「……嘘……」
水面を見つめたまま、ミユは息を呑んだ。
鏡の中の自分は、圧倒的だった。 クラスのアイドルである白石結衣のような洗練された美しさとはまた違う、まるで世界中の「可愛い」を凝縮して作ったかのような、完璧な存在。
16年間、一度だって「自分は可愛い」と思ったことなんてなかった。 鏡を見るたびに「普通だな」と思い、クラスの可愛い子たちと比較しては「自分には何もない」と諦めていた。
なのに。
「……かわいい」
思わず、ぽろりと声が漏れていた。
その言葉は、自惚れでも何でもなく、純粋な驚嘆だった。 水面に映るミントブルーの少女は、ミユ自身でありながら、ミユがずっと憧れ続けた「特別」そのものの姿だった。
④ そして杖
「ん……?」
ふと、右手の中にしっくりと収まっている「重み」に気づいた。
視線を落とすと、ミユの右手に一本のステッキが握られていた。
全体は淡いピンク色で、ミユの肘から指先くらいの持ちやすい長さ。先端には、大きな星とハートが重なり合ったモチーフがついており、その中央には小さなピンクの宝石がはめ込まれている。ポップで、可愛らしくて、おもちゃのようでありながら、不思議な高級感と温かみを持った質感だ。
「……何これ。おもちゃ……?」
ミユが首をかしげながら、試しにそのステッキを軽く振ってみた。
サッと空を切る音とともに、ステッキの先端からキラリと眩しい光の粒子が飛び散った。
同時に、何もない空中に、鮮やかなパステルカラーの魔法文字が浮かび上がる。
『ケセラセラ・ポッピー!』
「……えっ!?」
文字はパッと弾けるように弾け、ハート型の光の粒となって空気中に消えていった。
「な、名前……!? この杖の名前なの……!?」
予想外のファンシーな演出に、ミユは目を丸くしてステッキを見つめ直した。
「やったね、ミユ!」
突然、背後から底抜けに明るい声が響いた。
「きゃあああああっ!?」
ミユは跳び上がって振り返り、無意識に『ケセラセラ・ポッピー!』を構えた。
そこに立っていたのは――。
「……」
「……」
「……」
二本足で立ち、嬉しそうに胸を張っている「何か」だった。
真っ白で丸っこい体に、つぶらな黒い瞳。 首元には真っ赤な蝶ネクタイ。背中には小さな赤いたびマントを羽織り、頭の上にはちょこんと小さな金色の王冠が載っている。身長はミユの腰のあたり――150センチメートルほどで、丸くて可愛い手足をパタパタと動かしていた。
「…………クマ?」
ミユが呆然と呟くと、その生き物は「えっへん」と胸を張った。
「シロクマだよ!」
「しゃ、喋ったー!?」
「うん、喋れるよ!」
「なんで!?」
「僕が『シロクマさん』だから! そして、ミユが魔法少女になったからだよ!」
「意味わかんない!」
怒涛のテンポで返され、ミユは思わずツッコミを入れた。
けれど、目の前のシロクマには威圧感も怖さもこれっぽっちもなかった。むしろ、遊園地のマスコットキャラクターがそのまま飛び出してきたかのような愛くるしさで、見ているだけで警戒心が解けていってしまう。
「ふふっ、ミユ、すっごく可愛いよ! ミントブルーの髪、とっても似合ってる!」
シロクマさんは丸い手をパチパチと叩きながら、ミユの周りを嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回った。その笑顔(のような表情)には、一切の悪意も裏もなく、ただミユを祝福する純粋な喜びで満ちあふれている。
「やったね、ミユ! 今日から君は、世界でたった一人の魔法少女だよ!」
シロクマさんはビシッと両手を広げ、誇らしげに宣言した。
「……ま、魔法少女……?」
ミユは手の中のステッキと、自分の華やかな衣装を交互に見下ろした。
「そう! 愛と希望と、みんなの『幸福』を守る特別な存在! それが今のミユなんだ!」
「私が……? そんな、だって私、どこにでもいる普通の女子高生だし……成績だってフツーだし、運動だってエースじゃないし……」
「関係ないよ!」
シロクマさんは力強く頷き、ミユの元へ歩み寄ると、丸い手でミユの白い手袋を優しく包み込んだ。その手はふわふわとしていて、日向の布団のように温かかった。
「ミユはもう『普通』じゃないよ。君は選ばれたんだ」
「選ばれた……? 誰に? なんで私が……?」
戸惑うミユに、シロクマさんはニコリと目を細めて答えた。
「君が、あの缶を飲んだからだよ」
「……缶?」
ハッとして、ミユの脳裏に昨夜の出来事が蘇る。
住宅街の暗がりにぽつんと佇んでいた、見慣れない自動販売機。 そこに並んでいた、真っ白なラベル。 『幸福 100円』とだけ書かれた、怪しすぎる飲み物。
「あの『幸福』を飲んだから……?」
「そうだよ!」
シロクマさんは嬉しそうに頷いた。
「あの自販機はね、本当の『幸福』を求める人にしか見えない特別な自販機なんだ。ミユが自分の手で100円を出して、あの缶を選んで、自分の意思で口にしてくれた。だから、魔法が始まったんだよ」
シロクマさんの言葉が、じわじわとミユの胸の中に染み込んでいく。
――本当の『幸福』を求める人にしか見えない。
(……私、求めてたんだ)
不幸ではない。でも、何か足りない。 「このままでいいのかな」と悩み、変わり映えのしない日常にどこか失望していた自分の心。 「何か面白いこと起きないかな」と願った、あの小さな呟き。
あの100円の缶は、そんなミユの密かな願いに応えて現れてくれたのだ。
「大丈夫だよ、ミユ」
シロクマさんが、ミユの顔を見上げて優しく微笑む。
「僕がいるから。君はこれから、もっともっと幸せになっていいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、ミユの胸の奥で、カチリと何かが噛み合う音がした。
自分は「何者でもない普通の子」じゃない。 自分は「選ばれた魔法少女」なんだ。
ミユはステッキをキュッと強く握りしめ、水面に映る輝かしい自分の姿を、もう一度見つめ直した。
「で、でも……」
ミユは思わず後ずさりした。シロクマさんの言葉が頭の中でグルグルと渦を巻く。
「……夢でしょ、これ。絶対夢だ。だって、現実で自販機のジュース飲んで魔法少女になるとか、あり得ないもん!」
ミユはぎゅっと目を閉じ、右手で自分の頬を思いっきり強くつねった。
「いったぁーっ!?」
じんじんと熱い痛みが頬に走る。思わず目尻に涙が浮かんだ。手触りのいい手袋越しでも、痛みは嘘をついてくれない。
「ね? 夢じゃないでしょ?」
シロクマさんが丸い手をパチパチと鳴らしながら、楽しそうにクスクスと笑った。
「痛いよぉ……ほんとに夢じゃないんだ……」
痛む頬を押さえながら、ミユは自分の格好――フリルとリボンで飾られた魔法少女の衣装と、ミントブルーの長い髪を見下ろした。夢にしては触感も、視界の鮮明さも、頬の痛みもリアリティがありすぎた。
「ふふっ、信じられないなら、実際に魔法を使ってみようよ!」
「えっ、魔法……!?」
「そう! 君の手にあるそのステッキはね、君の想いを叶えてくれる魔法の杖なんだから!」
「魔法を使うって……どうやるの? 呪文とか唱えるの?」
ミユは手の中にある『ケセラセラ・ポッピー』を恐る恐る抱え直した。
「難しいことは何もないよ。ただ、心の中で強く『願う』だけでいいんだ」
「そんな簡単な……」
願うだけで魔法が出るなんて、アニメの観すぎなんじゃないだろうか。ミユは半信半疑のまま、ふと雲の床の上にぽつんと転がっている、小さなピンク色の小石に目を留めた。
(ええと……じゃあ……)
ステッキの先端を小石に向け、ミユは真剣な顔で心の中で念じた。
(……動け!)
一秒、二秒、三秒。 ……何も起きない。小石は微動だにせず、雲の上に転がったままだ。
「ほらー! やっぱり何も起きないじゃん!」
「もう一回! もっと素直に、自分の気持ちを込めてごらん!」
「えぇ……素直にって言われても……」
ミユは小さく息を吐き出した。 本当に、こんな自分に魔法なんて使えるんだろうか。でも、もし本当に使えたなら――。
(……動いて。ううん、飛んで!)
強く、願った。
その瞬間――。
ステッキの先端の宝石が、ポッと温かい桃色の光を放った。
――ピクッ。
小石が、微かに震えた。
「え……?」
ふわ、と小石が浮き上がった。 一センチ。二センチ。そしてミユの目線の高さ――十センチ以上まで、重力を無視してゆっくりと上昇していく。
「……っ!?」
ミユは目を丸くした。 小石は空中を静かに漂い、まるで意志を持っているかのようにクルクルと可憐に輪を描いて回っている。
「え……嘘、嘘でしょ……!?」
ミユが驚きながらステッキを右へ滑らせると、小石も軌跡を追うように右へスッと移動した。左へ振れば、左へ。ぐるりと大きな円を描けば、色鮮やかな光の粒を撒き散らしながら、小石が空中を舞った。
「わぁ……!」
自分の意思と、手の中のステッキが完全に繋がっている。 言葉にならない感動が、ミユの全身を駆け巡った。
「すごい……本当に、動いた……」
ミユは空中を滑る小石を見つめたまま、呆然と呟いた。
いつも学校で取る「82点」の答案用紙が頭をよぎる。クラスで目立たないように、出しゃばらないように、波風を立てないように生きてきた自分。白石結衣のように何かに秀でているわけでもなく、誰かの特別になれるわけでもなかった自分。
「私には何があるんだろう」
放課後の教室で、一人で溢したあの虚しい問いかけ。
でも、今――。
「私、魔法が使える……!」
声が震えていた。 「すごい」という他人事の称賛じゃない。「私」が、いま、あり得ない奇跡を起こしているのだ。
胸の奥から、熱い塊がこみ上げてきた。
「私、本当に魔法が使えるんだ……! すごーい!」
ミユは子供のように弾けた笑顔を見せた。 誰かの顔色を窺うための愛想笑いでもなく、空気を読むための苦笑いでもない。16年間の人生で、一度も浮かべたことがないような、心の底からの純粋な満面の笑み。
「そうだよ、ミユ! 君の力なんだよ!」
シロクマさんも嬉しそうに丸い手手を叩いた。
「ねえ、シロクマさん! 空も飛べるの!?」
「もちろん飛べるよ!」
「本当に!? 私、飛んでみたい!」
「じゃあ、風を感じてごらん!」
「うん……っ!」
ミユはステッキをギュッと両手で握りしめ、空を見上げて強く目を閉じた。
(飛べ……! 空へ――!)
願いを込めた瞬間、足元からふわっとした浮遊感が全身を包み込んだ。
「え……?」
そっと目を開けると、足が雲の床から離れていた。
「きゃっ……!?」
身体がゆっくりと宙へ浮き上がっていく。 ミントブルーの長い髪が重力を忘れたように柔らかく舞い上がり、ピンクと白のスカートが風を受けてフワリと広がった。
一瞬だけ「落ちるかも」という恐怖が胸を掠めたが、次の瞬間には、身体を支える優しく温かい魔法の力に全身が包まれていることに気づいた。
「すごい……! 飛んでる……私、空飛んでるよーっ!」
ミユは歓声を上げながら、夜空に向かってぐんぐんと上昇していった。
いつの間にか、足元にあった雲の空間が薄れ、眼下に本物の街の夜景が広がり始めていた。
オレンジ色や白色の街灯が、まるで宝石を撒き散らしたようにチラチラと輝いている。 さっきまで自分が歩いていた暗い住宅街。 ノートを買ったコンビニの青い看板。 毎日通っている学校の校舎。 そして、自分が暮らす小さな家。
すべてが、まるで箱庭のように小さく見えた。
(あそこは……私がいた世界……)
ミユは空中で静止し、夜景を見下ろした。
下にあるのは、昨日までの「何者でもない私」が暮らしていた、平穏で退屈な普通の世界。 そして今、自分はその世界のずっと高い場所で、夜風を纏い、美しく輝く魔法少女として空に立っている。
世界の上に、自分がいる。
その事実が、ミユの心を強烈な優越感と、震えるほどの幸福感で満たしていった。
「いい景色でしょ、ミユ?」
いつの間にか、となりに浮いていたシロクマさんが優しく微笑みかけてきた。真っ赤なマントが風にパタパタと揺れている。
「うん……! すっごく綺麗……こんなの、見たことないよ……!」
「君が求めたから、この世界は君に応えてくれたんだよ。魔法少女はね、自分の、そして周りの『幸福』を叶えるための力なんだ」
「私の……幸福……」
「そう。僕がずっと君のサポートをするからね。わからないことがあったら、何でも聞いて」
シロクマさんの言葉は、どこまでも暖かく、甘かった。
「ねえ、シロクマさん。私、ずっとこのままでいられるの? ずっと魔法少女でいられる?」
ミユは不安そうに、でも期待を込めて尋ねた。この夢のような姿から、あの無機質な黒髪の自分に戻ってしまうのが、急に怖くなったのだ。
「ううん。魔法はね、午前零時までだよ」
「午前零時……?」
「うん。夜の十二時になったら、魔法が解けて元の姿に戻るんだ」
「そっか…… Cinderellaみたいだね」
「でもね、心配いらないよ」
シロクマさんはニッコリと、可愛らしい笑みを浮かべた。
「また『幸福』を求めれば、君は何度だって魔法少女になれるんだから」
「そっか……! よかった……!」
ミユは安堵の息を吐いた。
十二時になれば解ける魔法。けれど、また戻ってこられる。それなら何も怖くなかった。制限時間があるからこそ、この魔法の時間がより愛おしく、特別なものに思えたのだ。
ふっと視界が白い光に包まれ、次の瞬間、ミユは自分の部屋のベッドの上に立っていた。
時計の針は、十一時五十九分を指している。
手元の『ケセラセラ・ポッピー』がサラサラとした光の粒子となって消えていき、衣装も、ミントブルーの髪も、いつものスウェットと黒髪へと戻っていく。
「あ……」
ミユは急いで部屋の姿見の前へと駆け寄った。
鏡に映っているのは、見慣れた「普通の女子高生」の自分だ。 けれど、昨日の夜まで鏡の中にいた自分とは、明らかに違っていた。
鏡の向こうの自分の瞳には、ハッキリとした輝きが宿っていた。頬は微かに上気し、唇には誇らしげな笑みが浮かんでいる。
(私……本当に、魔法少女になったんだ……)
第1話の夜、ベッドの中で「明日も学校かぁ」と溜め息をついていた自分は、もうどこにもいなかった。
(明日……明日からは、何ができるんだろう……!)
退屈だった日常が、一瞬にして光り輝く冒険の舞台に見え始めていた。
「明日から、いっぱい幸せになろうね、ミユ」
ふと見ると、ベッドの脇のぬいぐるみのとなりに、小さなシロクマさんがちょこんと座って、可愛らしく手を振っていた。
ミユは鏡の中の自分に向かって、そして大切な相棒に向かって、弾けるような笑顔で頷いた。
「うん……!」




