表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/57

拍手開始印は、空席を本人到着の音で隠せません

拍手用の白手袋が、客席の膝の上で一斉に持ち上がりかけた。


 小鐘を持つ給仕の指は、まだ鳴らしていない。けれど王太子側進行係は、拍手開始印の箱を胸に抱えたまま、空席の前へ半歩踏み出した。


「代理着席済みだ。候補者席は見せた。拍手を始めれば、式次第は進む」


 空席を見せたのではない。


 空席を、音で埋めようとしている。


 エリナは椅子の背に残した青糸を解かず、拍手用扇の束へ視線を落とした。銀の扇面には、候補者名ではなく、細い朱印だけが先に押されている。


 拍手対象、王太子妃候補代理。


「代理は、誰の手を鳴らされるための名前ですか」


「祝典全体のためだ。本人が座るかどうかは後で整える」


 進行係が小鐘へ顎を振る。給仕の指が震えた。


 その時、ミリアが袖の束を抱いたまま、客席側へ深く頭を下げた。


「その拍手は、受け取りません」


 ざわめきが止まる。


「私がまだ座っていない席を祝う拍手なら、それは私の到着ではありません。誰かが座ったことにも、読んだことにも、同意したことにも、しないでください」


 客席端の若い侍女が、拍手用扇を閉じた。隣の案内係も起立合図の白手袋を下ろす。給仕は小鐘を鳴らさず、箱の横へ置いた。


 王妃付き記録係が、欄干の内側で新しい札を三つに分ける。


 候補者本人到着、未了。


 代理着席、祝典承認に使用不可。


 拍手開始、対象未到着のため保留。


 エリナは拍手開始印を奪わなかった。箱の蓋を閉じるのではなく、開いたまま王妃席から見える位置へ向けた。


「拍手は、空席を隠す音ではありません。誰かの到着を、本人の名で迎える音です」


 白手袋の列は、まだ鳴らない。


 その沈黙の中で、空席の水差しと足元灯だけが、本人を待つ席として残った。


 進行係の袖口から、一枚の祝辞読上げ札が滑り落ちる。


 祝辞読上げ済み。


 ただし、読上げ対象欄にはまだ、誰の名も書かれていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
作中用語が何の説明もされないまま淡々と進む物語、悪くないです 推理モノなのかしら?…多分 私は推理モノを「考察しながら読む」という事はしないので(この先どうなるんだろう?ワクワクとしながら読みます)こ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ