表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
54/57

王太子礼服の右袖は、帰っていない臨時者の名を通せません

 入場幕の前で、王太子礼服の右袖だけが重く垂れていた。


 楽師の拍子はもう客席へ届いている。進行係は白い手袋で袖口を持ち上げ、着付け係へ早く通せと顎を動かした。


「仮止めは外してください。臨時者リオは帰宅済み扱いです。袖の中で処理済みなら、入場に支障はありません」


 エリナは返事の代わりに、袖裏の灰色布片を光へ向けた。小さな布には、リオの名と、乾ききっていない泥の点が縫い込まれている。


 その泥は、南門外ではなく、門の内側の水溜まりの色だった。


「これは帰宅済みの印ではありません。帰っていない子の袖を、礼服の中へ先に入れた印です」


 リオは列の端で、濡れた袖を胸に抱えていた。ナギが一歩だけ前へ出る。


「名前を呼びます。リオ、いますか」


「……います。まだ、帰っていません」


 小さな声だった。けれど、袖裏の布片より先に、本人の声が幕前へ届いた。


 シオは封の切れた次仕事札を持ち直し、着付け係の前へ置く。


「読んでいない同意を、袖の裏に縫い込まないでください。私は次仕事札を読めました。でも、リオの帰宅は私の読了では閉じられません」


 王妃付き記録係が膝をつき、入場簿の横へ新しい欄を一本引いた。


 袖中未帰宅名確認欄。


 エリナは青糸を取り、王太子礼服の右袖口を横に一針だけ塞いだ。切るための縫い目ではない。腕を通す前に、誰の名が中へ入れられたのかを読むための縫い目だ。


「王太子殿下の腕を通す前に、リオ本人の帰宅確認が必要です。帰っていない名を着た礼服は、完成していません」


「入場時刻が――」


 進行係の声を、着付け係の手が止めた。右袖に腕を入れようとした瞬間、青糸が手袋の甲に触れたからだ。


 リオは自分の名の横へ、震える指で書いた。


 本人帰宅確認待ち。


 ナギがその字の下へ証人名を添え、シオが「読了で代替不可」と小さく書き足す。記録係は礼服入場簿ではなく、袖中未帰宅名確認欄へ時刻を写した。


 右袖は、まだ誰の腕も通さない。


 客席の拍子が半拍だけ乱れた。王太子側近が布片を引き抜こうとした時、袖裏の奥から、もう一本、細い白糸がのぞいた。


 そこには、リオの名ではなく、こう縫われている。


 ――入場後、未帰宅名を候補者袖へ統合。


 エリナは右袖を離さなかった。


「次は、礼服の中へ何人を入れたのかを読みます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ