祝典労務整理費回収簿は、帰っていない人の灯り代を先に吸えません
南門の帰宅灯は、夕方になる前から芯の先が細かった。
門番机の端に置かれた油皿は底が見えかけている。隣には、小銅貨の袋が三つ。どれも口を結ばれたまま、名札だけが外されていた。
エリナは王妃付き記録係が差し出した薄い帳面を開く。
表題は、祝典労務整理費回収簿。
礼服搬入端数。帰宅灯油代。未提出罰。臨時者調整。
四つの行が、一本の赤い線でまとめられ、右端に小さく「回収済み」と書かれていた。
「礼服は届きました。ですから、端数は祝典費へ戻します」
王太子側の会計補助が、濡れてもいない外套を抱えたまま言った。
エリナは油皿を手に取らない。まず、門番へ向ける。
「この灯は、何を照らすものですか」
門番は一瞬、帳面ではなく門の外を見た。まだ、ハルの帰宅札は閉じていない。ナギの外套も乾ききっていない。シオの次仕事札は封を開けられていない。
「帰っていない者が、南門を出る時の灯です。礼服の端数ではありません」
門番はそう言って、油皿の縁に自分の名を書いた小札を重ねた。
エリナは赤線の一本目に青糸を通す。
「帰宅灯油代は、祝典労務整理費から外します。人が帰る前に灯を消す費目は、整理ではなく未帰着の隠蔽です」
王妃付き記録係が、帳面を三冊に分けた。礼服費。労務整理費。帰宅生活費。
けれどエリナは、紙だけで終わらせなかった。帰宅生活費の上に油皿を置く。灯りが消えない一晩分だけ、門番机へ戻す。
会計補助の頬がこわばる。
「未提出罰はどうします。次仕事同意札を出さない者が悪いのです」
「読んでいない札は、未提出ではありません」
シオが押し黙ったまま、一歩前に出た。封の閉じた次仕事札を両手で持ち、罰金欄の上ではなく、未読札の皿へ置く。
「私は、まだ読んでいません。読んでいないものに、罰の名を付けないでください」
エリナはその封を開けない。封の角に青い保留糸だけを結ぶ。
「未提出罰は、本人未読へ戻します。罰金として回収できるのは、本人が読める状態で、出さない選択をした後だけです」
最後に、名札のない小銅貨袋が残った。
ナギが、濡れた外套の袖を握ったまま立っていた。三つの袋のうち一つは、本来ナギの帰宅小銅貨と外套乾かし代だった。だが帳面の上では、臨時者調整としか呼ばれていない。
「名前を書いても、また消されるかもしれません」
ナギの声は小さかった。
エリナは針箱から短い青紐を出す。
「だから、袋に直接結びます。帳面の余白ではなく、あなたが帰るための袋に」
ナギは震える指で、自分の名を書いた札を小銅貨袋へ結んだ。さらに、王妃付き記録係がその横へ「控除不可」と小さく写す。
袋が、ただの端数ではなくなった。
ナギが帰るまで使えない、本人名のついた灯りと銅貨になった。
エリナは三つの品を同じ机に並べる。油皿。未読札。ナギの小銅貨袋。
「祝典労務整理費は、帰宅生活費を先に吸えません。礼服が届いたことと、運んだ人が帰れることは別の完了条件です」
赤線は消さない。王太子側の会計補助が一本でまとめた線は、証拠として残す。
代わりに、青糸で三つに割った。
門番は油皿を灯台の下へ戻し、芯を少しだけ上げる。南門の灯は、まだ細い。それでも、一晩分は消えない。
その時、門番机の下から、別の札が滑り落ちた。
祝典開始一刻前、南門帰宅灯消灯予定。
エリナは札を拾い上げ、まだ閉じていない帰宅札の束の横へ置いた。
「灯だけを先に閉じる予定が、もう出ています」
シオが未読札を抱き直す。ナギは自分の名を結んだ袋から手を離さない。
南門の外は、まだ夕方にもなっていない。
けれど帰っていない人の足音を消す予定だけは、誰かが先に書いていた。




