表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
52/57

祝典労務整理費回収簿は、帰っていない人の灯り代を先に吸えません

南門の帰宅灯は、夕方になる前から芯の先が細かった。


 門番机の端に置かれた油皿は底が見えかけている。隣には、小銅貨の袋が三つ。どれも口を結ばれたまま、名札だけが外されていた。


 エリナは王妃付き記録係が差し出した薄い帳面を開く。


 表題は、祝典労務整理費回収簿。


 礼服搬入端数。帰宅灯油代。未提出罰。臨時者調整。


 四つの行が、一本の赤い線でまとめられ、右端に小さく「回収済み」と書かれていた。


「礼服は届きました。ですから、端数は祝典費へ戻します」


 王太子側の会計補助が、濡れてもいない外套を抱えたまま言った。


 エリナは油皿を手に取らない。まず、門番へ向ける。


「この灯は、何を照らすものですか」


 門番は一瞬、帳面ではなく門の外を見た。まだ、ハルの帰宅札は閉じていない。ナギの外套も乾ききっていない。シオの次仕事札は封を開けられていない。


「帰っていない者が、南門を出る時の灯です。礼服の端数ではありません」


 門番はそう言って、油皿の縁に自分の名を書いた小札を重ねた。


 エリナは赤線の一本目に青糸を通す。


「帰宅灯油代は、祝典労務整理費から外します。人が帰る前に灯を消す費目は、整理ではなく未帰着の隠蔽です」


 王妃付き記録係が、帳面を三冊に分けた。礼服費。労務整理費。帰宅生活費。


 けれどエリナは、紙だけで終わらせなかった。帰宅生活費の上に油皿を置く。灯りが消えない一晩分だけ、門番机へ戻す。


 会計補助の頬がこわばる。


「未提出罰はどうします。次仕事同意札を出さない者が悪いのです」


「読んでいない札は、未提出ではありません」


 シオが押し黙ったまま、一歩前に出た。封の閉じた次仕事札を両手で持ち、罰金欄の上ではなく、未読札の皿へ置く。


「私は、まだ読んでいません。読んでいないものに、罰の名を付けないでください」


 エリナはその封を開けない。封の角に青い保留糸だけを結ぶ。


「未提出罰は、本人未読へ戻します。罰金として回収できるのは、本人が読める状態で、出さない選択をした後だけです」


 最後に、名札のない小銅貨袋が残った。


 ナギが、濡れた外套の袖を握ったまま立っていた。三つの袋のうち一つは、本来ナギの帰宅小銅貨と外套乾かし代だった。だが帳面の上では、臨時者調整としか呼ばれていない。


「名前を書いても、また消されるかもしれません」


 ナギの声は小さかった。


 エリナは針箱から短い青紐を出す。


「だから、袋に直接結びます。帳面の余白ではなく、あなたが帰るための袋に」


 ナギは震える指で、自分の名を書いた札を小銅貨袋へ結んだ。さらに、王妃付き記録係がその横へ「控除不可」と小さく写す。


 袋が、ただの端数ではなくなった。


 ナギが帰るまで使えない、本人名のついた灯りと銅貨になった。


 エリナは三つの品を同じ机に並べる。油皿。未読札。ナギの小銅貨袋。


「祝典労務整理費は、帰宅生活費を先に吸えません。礼服が届いたことと、運んだ人が帰れることは別の完了条件です」


 赤線は消さない。王太子側の会計補助が一本でまとめた線は、証拠として残す。


 代わりに、青糸で三つに割った。


 門番は油皿を灯台の下へ戻し、芯を少しだけ上げる。南門の灯は、まだ細い。それでも、一晩分は消えない。


 その時、門番机の下から、別の札が滑り落ちた。


 祝典開始一刻前、南門帰宅灯消灯予定。


 エリナは札を拾い上げ、まだ閉じていない帰宅札の束の横へ置いた。


「灯だけを先に閉じる予定が、もう出ています」


 シオが未読札を抱き直す。ナギは自分の名を結んだ袋から手を離さない。


 南門の外は、まだ夕方にもなっていない。


 けれど帰っていない人の足音を消す予定だけは、誰かが先に書いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ