本人同意確認済み副札は、空白名欄で次の台車を動かせません
二台目の礼服台車は、王宮南門の搬入口脇で、車輪だけ先に進もうとしていた。
一台目を押したハルの外套はまだ肩に戻っていない。賃金皿には半刻分の銅貨が載ったまま、南門帰宅札は青糸で結ばれ、門番の机の端に伏せられている。
それなのに、二台目の横腹には副札が結ばれていた。
『本人同意確認済み』
名欄は、白いままだった。
「空白なら、誰でも入れられます。急いでください。王太子殿下の礼服は、晩餐会の前に搬入済みにしなければ」
王太子府の使いがそう言ったとき、若い運搬係のシオが、台車の押し棒に手をかけた。まだ昼の賃金札も、夕食札も、彼の腰紐に戻っていない。
エリナは、叫ばなかった。針箱から青い仮止め糸を一本抜き、台車の車輪の前に、マルタが差し出した端切れを縫いつける。
「同意済みを四欄に分けます。誰が読んだか。誰の賃金を閉じるか。誰が南門を通って帰るか。次の台車を、誰が押すと自分で書いたか」
王妃付き記録係が、小さくうなずいて帳面を開いた。
「礼服の布地確認と、運搬者本人の同意確認は別欄です」
ハルが、伏せられていた帰宅札を自分の前へ引き寄せた。指はまだ震えていたが、字は読めた。
『一台目は受け渡しました。けれど、南門を通って帰るまで、わたしの仕事は完了していません』
ハルは名を書いた。賃金皿の銅貨は、受領済みにはならなかった。南門札の青糸は、切られなかった。
シオは押し棒から手を離す。
「私は、まだこの副札を読んでいません。次台車を押す同意欄を、空白のまま自分の名にされるのは嫌です」
「辞退ですか」
使いの声が低くなる。
エリナは、シオの半刻賃金札を別の皿へ移した。
「辞退ではありません。本人確認待ちです。読めない同意欄で、賃金と帰宅と次の仕事を先に閉じないための待機です」
マルタが青布の車輪止めを結び直す。台車は半歩も動かなかった。そのかわり、シオの食事札は没収箱へ入らず、ハルの帰宅札は南門へ返された。
門番が帰宅札の裏に、まだ通っていない時刻を書き足す。空欄ではなく、未通過と読める形にするためだ。ハルは外套を肩へ戻し、銅貨を受け取らずに皿の位置だけを自分の側へ寄せた。
「帰ってから受け取ります。先に銅貨だけ閉じられると、また台車の人になりますから」
シオはその言葉を聞いて、押し棒ではなく待機列の札へ手を伸ばした。
『次台車本人確認待ち。本人が読めるまで押さない』
拙い字だった。けれど、空白ではなかった。
王妃付き記録係は、副札の裏をめくった。細い字が、礼服の影で光る。
『臨時運搬者一括同意簿――礼服搬入済み扱い』
エリナはその行を消さず、青糸で囲った。
「一括という言葉で、誰の足が帰ったことになるのか。次はこの簿を、台車ではなく、人の名前で読みます」




