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候補者保管棚二号は、洗面水のない手を礼服袖へしまえません

白手袋は、礼服袖の前から戻された。


 けれど、王太子側の係は、すぐに次の札を持ってきた。


「候補者保管棚二号。未着用白手袋、再待機。本人確認は祝典後に補完する」


 棚、という言葉に、第二候補の少女が肩を縮めた。


 名前はまだ、誰も呼んでいない。呼ばれないまま、白い袖の横に立たされている。指先には糸くずがつき、爪の間には、さっき外した手袋の粉が残っていた。


「保管棚ではありません」


 私は青札を一枚、札の上に重ねた。


「ここに書かれている二号は、候補者をしまう棚ではなく、待機中の手を生活へ戻すための席です。椅子、洗面水、帰宅外套、本人署名台。四つが揃うまで、礼服袖へ手を通せません」


「候補者が座る必要などない。立っていればよい」


「立たせたまま署名させる欄は、本人読了ではありません」


 ミリアが先に動いた。


 彼女は自分の拒否欄札を胸元から外し、第二候補の前ではなく、洗面器の横へ置いた。


「……書く前に、手を洗ってください。私、読まないまま名前を書かされそうになったから。汚れた手で急がされるの、こわいです」


 その声で、少女は初めて顔を上げた。


「座っても、いいんですか」


「座ってください。棚二号の椅子は、そのためのものです」


 リネが外套掛けから灰色の短い外套を持ってきた。祝典袖の余り布ではない。帰るとき、肩にかける布だ。トマは洗面水の鉢を台の低いところへ置き直し、王妃付き記録係が署名台の紙を一枚抜いた。


「候補者保管棚二号、本人手確認待ち。洗面水一鉢、帰宅外套一枚、椅子一脚。署名は、手を洗い、席に座ってから」


 第二候補の少女は、椅子に腰を下ろした。白手袋をはずした指を水に入れる。水が白く濁った。


 彼女はその濁りを見て、小さく息を吐いた。


「カリナ・メイスです。私は、まだ礼服袖へ手を通すと読んでいません。帰宅外套を受け取って、手を洗いました」


 私はその名を青札に書いた。


 候補者二号ではない。カリナ・メイス。椅子に座り、手を洗い、帰る外套を持つ人の名前だ。


 王太子側の係が舌打ちをした。


「その糸巻き番号は、旧針箱番号と照合済みだ。棚二号は、保守責任者の番号で動かせる」


 私は署名台の端に置かれた小さな糸巻きを見た。


 番号は、私の退職処理済み針箱の番号に似ている。似ているが、一桁だけ、縫い目の向きが違った。


「似ている番号は、本人の手を読んだことにはなりません」


 私は糸巻きへ青い糸を結んだ。


「この糸巻きは、旧針箱照合済みではなく、カリナの手洗い・外套受領・本人署名が終わるまで保留。次に読むのは、誰がこの一桁違いを旧保守責任として扱ったかです」


 カリナが外套を抱きしめた。


「……帰って、いいんですか」


「帰宅条件が揃いました。祝典が終わるまでではなく、あなたの手が戻るまでが待機です」


 白い礼服袖は、まだ空のままだった。


 けれど今度の空白は、誰かをしまう穴ではない。


 洗った手が、自分の名前で帰るための余白だった。


 そのとき、糸巻きの底から、薄い紙片が一枚落ちた。


 そこには、私の針箱番号ではなく、王太子妃候補保管棚二号――三日前貸出済み、と記されていた。

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