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白手袋未着用欄は、候補者の手を礼服袖へ通せません

祝典再起動室の奥に、白い手袋だけを並べた棚があった。


 まだ誰の手にも通っていないはずの指先が、礼服の袖口へ吸い寄せられるように束ねられている。棚札には、細い朱でこう押されていた。


『王太子妃候補二号 白手袋未着用。再起動済み』


 エリナは手袋に触れなかった。


「未着用は、同意済みではありません。誰の手か。本人が読んだか。手を通す前に戻れるか。三つに分けます」


 王妃付き記録係が小机を引いた。けれど、王太子府の下役は棚の端を押さえたまま言った。


「未着用なら空きでしょう。袖に通してから本人確認をすればいい。祝典は止められません」


「袖に通したあとでは、本人の手が先に消えます」


 エリナは針ではなく青札を取った。一本目に『本人手未確認』、二本目に『洗面水未到着』、三本目に『読了席未点灯』と書く。


 ミリアが、前に守られた自分の拒否欄札を胸元から出した。まだ震える指で、それを白手袋棚の前へ置く。


「読めないなら、手を通さなくていいです」


 短い声だった。けれど、再起動室の空気がそこで変わった。妹の名で働けと言われていた少女が、今度は名も知らない候補者の手を、材料棚から一歩だけ遠ざけた。


 リネは外套掛けに絡められていた白い袖布をほどいた。礼服の飾りとして結ばれかけていた布を、北門帰着札と同じ青紐で結び直す。


「これは候補者材料ではありません。手を洗って、自分の字で読む人のための布です。次の勤務同意にも、外套の帰着にも、まだ使っていません」


 エリナはうなずき、棚の下段に水差しを置かせた。洗面水は清めの飾りではない。手袋をはめる前に、自分の手で紙をめくれるようにするための水だった。


「白手袋は礼服袖に通しません。本人読了席の前に置きます。候補者二号が来るまで、誰もこの指先を代わりに曲げません」


 下役が朱印をかざした。


「再起動済みです。王太子府の受領印がある」


「受領印は、手を洗わせません。読ませません。帰らせません」


 王妃付き記録係が、その言葉をそのまま記した。『白手袋未着用欄は、本人手確認・洗面水・読了席・帰宅外套が揃うまで再起動不可』。


 棚の上で束ねられていた白手袋が、礼服の袖口から離される。リネが置いた外套掛けの横、小さな読了席の前に、一双ずつ並んだ。ミリアの拒否欄札は、その隣で青く揺れている。


 誰もまだ救われてはいない。候補者二号が敵なのか、被害者なのかも分からない。


 それでも、誰かの手を知らないまま袖へ通す処理だけは止まった。


 エリナが棚箱を閉じようとしたとき、底板の紙が少し浮いた。トマが明かりを寄せる。裏には薄い墨で、別の札が貼られていた。


『王太子妃候補保管棚 二号』


 その下に、小さな糸巻き番号がある。


 エリナが退職処理済みとして返したはずの旧針箱番号と、一桁だけ違っていた。

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