祝典の白布は、冬番の毛布より先ではありません
白布は、雪より先に衣装室へ届いた。
王宮祝典用、第一優先。そう書かれた木札が、白い反物の上に五枚も載っている。反物は清らかで、指先を置くと冷たかった。飾れば王妃陛下の肩を明るく見せるだろう。
けれど私は、その白さより先に、倉庫の入口で腕を抱えている冬番たちを見た。
夜の回廊を見回る下働き、燭台を替える見習い、衣装箱を運ぶ布運び。みな、薄い外套の前を押さえている。ノアもその列にいた。昨日返したばかりの外套を着ているのに、袖口から赤くなった指がのぞいていた。
「白布の搬入を先に」
衣装長代理のベリルが、震える声で言った。
「王妃陛下の祝典短縮が決まりました。裾を直すため、急ぎで白布を回します。冬番の配布布は、余りが出てからで十分です」
余り。
私はその言葉で、針箱の蓋を閉じた。
「十分かどうかは、布がどこへ届けば完了かを見てから決めます」
ベリルの後ろに、余り布台帳が置かれていた。昨日、退職処理済み箱の底から滑り落ちた写しと同じ綴じ紐。同じ黒塗り。同じ、妹ミリアの花文字。
私は白布の端を一寸だけ持ち上げる。
反物の裏側に、小さな青い糸印が三つあった。
「これは祝典白布ではありません」
「白です。上納印もあります」
「色の話ではありません」
私は台帳を開き、欄を三つに分けた。
布名。
生活到着先。
読んだ人の同意。
「この反物一反で、冬番用の毛布が二枚取れます。端布で夜番の手袋が四組。細い芯布は、セリアのような靴擦れした侍女の当て布になります」
セリアが靴箱を抱え直した。昨日まで『祝典備品』だった靴箱には、今は本人名と返却先が貼られている。
「本来の配布先は、どこですか」
私が問うと、ベリルは唇をかんだ。
「倉庫簿には、余り布処理と」
「余っていません」
私は青い仮止め札を白布の上に置いた。
「まだ届いていないだけです」
ノアが、小さく息を吸った。
「俺たちの毛布、ですか」
「あなた一人のものではないわ」
私は木札を並べ替える。
一枚目。東回廊冬番、毛布二枚。
二枚目。燭台替え見習い、手袋四組。
三枚目。夜勤侍女、靴擦れ当て布六枚。
四枚目。衣装箱運び、帰宅馬車待ちの膝掛け一枚。
五枚目。候補者控え布、本人確認待ち。
数は、手柄ではない。
数は、座る場所を探している生活だ。
「祝典の白布は、この五つの席を通ってからでなければ、王妃陛下の肩へ上がれません」
「王妃陛下を後回しにする気ですか」
ベリルの声が裏返った。
「いいえ」
廊下の奥から、静かな声がした。
王妃陛下が、裾を短く仮止めしたまま立っていた。昨日より歩幅は小さい。けれど、右足はもう引きずっていない。
「私の肩を温める布が、冬番の背中を冷やすなら、それは祝典ではありません」
ベリルは膝をつきそうになった。
王妃陛下は命令口調ではなかった。ただ、台帳の前に立ち、私が置いた五枚の木札を順に読んだ。
「エリナ。この欄は何かしら」
指先が、五枚目で止まる。
候補者控え布、本人確認待ち。
その横には、ミリアの花文字があった。桃色の癖の強い線。私の妹の字だと、誰でも言うだろう。
けれど、同意欄の下には小さな擦れがある。
読了印の位置だけが、空白だった。
「ミリア様は、読んでいません」
セリアが言った。
私はうなずいた。
「少なくとも、この布が冬番毛布から祝典白布へ変わることを読んだ印はありません。妹の名で私を追い出したことと、妹の名を布の鍵にしたことは分けます」
ノアが首を傾げた。
「じゃあ、ミリア様は悪くないんですか」
「まだ決めません」
私は花文字の上に、青い薄紙を重ねた。
「決めないために、同意欄を守ります。読んでいない名前を、読んだことにして布を動かすほうが先に悪い」
ベリルは黙っていた。
昨日、自分の欄に『未読のまま受領』と書いた手が、今日は白布の端を強く握っている。
「……では、どう処理すれば」
「祝典白布ではなく、未配送予約布として保留します」
私は台帳に書いた。
未配送予約布。冬番毛布二枚、手袋四組、当て布六枚、膝掛け一枚。候補者控え布は本人確認待ち。
王妃陛下が、ノアへ目を向けた。
「布運びノア。東回廊の冬番へ、まず毛布を二枚届けなさい。あなたの帰宅馬車待ちの膝掛けも、同じ布から取ること」
ノアは目を見開いた。
「俺の分も、書いていいんですか」
「あなたが寒いまま布を運べば、私の祝典はその寒さで縫われます」
ノアは木札に自分の名前を書いた。昨日より少しだけ、線が太かった。
セリアも当て布の枚数を書いた。靴擦れの侍女六人。名前を一つずつ。
白布は、反物のままではなくなった。
二枚の毛布、四組の手袋、六枚の当て布、一枚の膝掛け。そして、まだ誰にも使わせてはいけない候補者控え布。
私は最後の木札に青い糸を結ぶ。
「ミリア・ノルヴァ名義。読了印なし。本人確認まで祝典転用不可」
その瞬間、台帳の黒塗りの下から、乾いた粉が落ちた。
黒い塗料ではない。
封蝋の削りかすだった。
セリアが息をのむ。
「これ、退職処理済み箱の封蝋と同じ色です」
私は台帳を光にかざした。
黒塗りの奥に、押された日付が薄く浮かぶ。
私が追放処理された翌日。
その日付の横に、私の旧保守印と同じ角度の偽印があった。
私は青い札をもう一枚取り出す。
祝典の白布より先に、閉じてはいけない日付が増えた。




