王妃祝典衣装の到着印は、読める灯りのない席を済みにできません
王妃祝典衣装の公式到着印は、赤かった。
北門灯台帳の一分早い赤印と、角度まで同じだった。
エリナは、印の持ち主を言わなかった。言えば、リネの外套と半日賃金袋がまた証拠の端へ押しやられる。まず机の上へ置いたのは、王妃衣装ではない。
リネの北門帰着札。
半日賃金袋。
外套紐。
そして、王妃付き記録係が抱えている読了席の小さな鍵だった。
「到着済みを、衣装が棚へ入った時刻だけで読ませません」
王妃付き記録係は鍵を握り直した。
「王妃陛下の読了席は、礼拝堂の奥です。祝典前は代読者が確認するので……」
「代読者が確認できるのは、文章の読み上げです。王妃陛下が読める灯りのある席に着いたことではありません」
礼拝堂の奥へ向かう廊下は、晩餐会前のざわめきから少しだけ離れていた。金の飾り柱の影に、読了席は置かれている。王妃が祝典衣装を受け取る前、本人の目で誓約文と衣装目録を読むための席だ。
けれど、席の書見灯は消えていた。
温茶の盆は空で、椅子の前には読み終わった印だけが立っている。
『王妃祝典衣装 本人読了済み』
リネが息を呑んだ。
「灯りが消えているのに、読了済みなんですか」
「灯りだけではありません」
トマが盆を持ち上げた。底に残った水滴は冷えていない。茶が置かれた跡もない。王妃の声を記すための小さな砂時計も、横へ倒れたままだった。
王妃付き記録係の頬から血の気が引く。
「代読は、私がしました。けれど、王妃陛下が声に出して確認された欄ではありません。そこまで一緒に済みにされるとは……」
「なら、分けます」
エリナは赤い到着印の横へ、三枚の青札を置いた。
『衣装到着』
『代読責任』
『本人読了未到着』
王太子側の係官が、すぐに一歩踏み込んだ。
「王妃陛下の名を未到着などと書くのか。無礼だ」
「無礼なのは、灯りのない席を読了済みにしたことです」
エリナは声を荒げなかった。針目を読む時と同じ速さで、椅子の前の小机へ外套紐を結ぶ。
「リネさんの北門帰着札を、王妃衣装の到着印へ吸わせません。ミリア様の未読欄も、王妃陛下の読了済みで閉じません。誰かがまだ読んでいない欄を、上の名で温めたことにはしない」
リネは自分の帰着札を両手で差し出した。
「これは、もう戻った証拠ではありません。まだ閉じないでください、という証拠です」
その声に、王妃付き記録係がうなずいた。彼女は代読欄の隣へ、自分の名で細く書き足す。
『代読者は本文を読んだ。本人読了席は、書見灯・温茶・本人発声未確認のため未到着』
マルタは外套紐を王妃席横の保留紐へ結び直した。衣装の裾へ縫い込めば飾りになる紐を、帰っていない人と読めていない人を結ぶ印に戻すためだ。
トマは消えていた書見灯へ火を入れた。
小さな炎が立つと、読了済み札の文字の下に、薄く押された別の番号が浮いた。
礼拝堂保管庫の番号ではない。
王太子側管理室の旧処理番号だった。
「この番号が、王妃陛下の読了を代わりに済ませたわけではありません」
エリナは青札を閉じない。
「でも、誰の針箱番号と一緒にここへ来たのかは、次に読みます」
書見灯の火が、赤印の角を照らした。
到着済みという文字は、まだ王妃の声を聞いていなかった。




