旧鍵番号三番の棚は、外套と賃金写しと勤務札を予備布にできません
王妃衣装補助棚の前には、鍵穴が二つあった。
一つは新しい銀の鍵穴。もう一つは、塗り直された木枠の奥で、古い真鍮がまだ息をしている鍵穴だった。椅子布の裏に写っていた旧鍵番号三番は、そこへ向かっていた。
「開ければ、誰が布を包んだか分かりますか」
トマが小声で聞いた。エリナは首を振る。
「犯人名より先に、棚に入れられた生活を出します」
補助棚三番の札には、綺麗な字で『王妃祝典衣装・予備布保管』と書かれている。だが、リネが昨夜握っていた半日賃金札の黒糸と、マルタの外套紐の端が、棚戸の隙間から細く覗いていた。
王妃付き記録係が、古い鍵を差し込む。軋む音と一緒に棚が開いた。
中にあったのは、予備布だけではない。
リネの外套掛け写し。
リネの半日賃金札の控え。
侍女控え夜支度補助の勤務札。
そして、エリナの退職処理済み針箱番号を写した小さな保守責任札。
「どうして、私の勤務札が棚に」
リネの声が掠れた。本人はまだ帰宅確認も、賃金受領も、候補者席二号への同意欄読了も終えていない。なのに棚の中では、彼女の仕事だけが『予備布保管』の束へ綴じられている。
「棚は布をしまう場所ではありませんでした」
エリナは束を抜かず、青い仮止め札を棚戸へ挟んだ。
「外套が戻る場所、賃金が払われる場所、勤務が誰の名で終わるか。その三つを、予備布という言葉で畳んでいます」
マルタが外套紐をほどこうとして、手を止めた。
「抜いてしまえば、楽です。でも、抜いたら『棚には何もなかった』にされますね」
「だから、抜きません。棚ごと未完了にします」
エリナは裁ち板を棚の前へ置いた。リネへ向けて、ペンを渡す。
「リネさん。この棚の中で、あなたがまだ受け取っていないものを、自分で読める順に書いてください」
リネは震えながらも、外套掛け写しを見た。次に賃金控えを見た。最後に勤務札へ指を置く。
『リネ。外套未帰着。半日賃金未受領。夜支度補助勤務は、本人帰宅確認まで予備布にしません』
書き終えると、トマが賃金盆から空の小皿を一枚持ってきた。銀貨はまだ入れない。代わりに、リネの控え札を皿の縁へ立てる。
「払ったふりの皿じゃなくて、払うまで空けておく皿です」
マルタは外套掛けの中央に、リネの名札を戻した。外套そのものはまだ棚の束へ触れている。けれど、名札だけは椅子にも候補者席にもならず、本人の帰り道を待つ位置へ戻った。
王妃付き記録係は、棚帳の横へ新しい行を加える。
『旧鍵番号三番――予備布保管ではなく、本人帰宅・賃金受領・勤務終了確認まで未完了棚。退職処理済み針箱番号による保守責任代用不可』
リネは空の小皿を見つめ、それから外套掛けを見た。
「まだ、終わっていないって、書いていいんですね」
「終わっていない仕事を、布に畳ませないために書きます」
エリナが答えると、棚の奥で、薄い紙が一枚ずれ落ちた。
そこには王太子側管理室の印ではなく、祝典進行係の赤い確認印があった。
『旧鍵三番内の勤務札一式、晩餐会開始前に衣装側へ到着済みとして扱う』
到着済み。
エリナはその語を閉じず、青札で押さえた。
「次は、晩餐会開始前という時刻を読みます。人がまだ帰っていないのに、何を到着させたのかを」
旧鍵番号三番の棚は、布置き場ではなくなった。そこは、外套と賃金と勤務名が、本人の生活へ戻るまで閉じない未完了棚になった。




