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王太子側控室の空席札は、候補者二名の椅子を欠席語で片づけません

王太子側控室の扉は、祝辞読み合わせ室より重かった。


押し開けた瞬間、冷めた蜂蜜湯の匂いは遠ざかった。代わりに、磨かれた床板と、急いで動かした椅子脚の乾いた音だけが残っている。


壁際には、椅子が二脚。


一脚ずつ背もたれに白い札が掛けられ、同じ筆で短く書かれていた。


『欠席候補者 一号』

『欠席候補者 二号』


名前はない。


けれど座面の下には、下げられた食器盆が二つ押し込まれていた。パン皿は空で、匙は乾いたまま。水差しの栓には封が残り、温粥の蓋だけが、配膳済みの印の上に伏せられている。


「控室整理は済んでおります」


王太子側の係官が、椅子の前へ立った。


「欠席者の席を残せば式典進行に支障が出る。喉布も夕食も、欠席扱いなら片づけてよい」


私は、札を外さなかった。


外せば、欠席という言葉だけが証拠になる。けれど椅子の脚には、細い黒糸が巻かれていた。誰かを座らせないための縛り方だ。式典用に布を束ねるときの結びではない。


「欠席は、椅子を片づける合図ではありません」


「本人が来ないのです」


「本人が来られる椅子が、先に消されています」


堂守見習いの少年が、受領盆を持ったまま足を止めた。白札を盆へ載せれば、それは礼拝堂側で『受領済み欠席』になる。


少年は息を吸い、白札を盆ではなく一号の座面へ戻した。


「札だけ受け取ると、椅子が先に消えます」


係官の眉が動いた。


トマは食器盆を覗き込み、乾いた匙を一本持ち上げる。


「これ、食べ残しじゃありません。最初から本人の前に置かれていない盆です。水差しの封も切れていません」


「欠席者の食器を下げただけだ」


「下げる前に、置いた時刻がありません」


トマは盆の端に青い小札を差した。


『本人前配膳未確認』


マルタが、二脚の椅子の間へ進んだ。彼女の肩にはまだ仮の布が掛かっている。けれど今日は、それを握っていない。針箱から青糸を一本抜き、黒糸をほどかず、その外側にゆっくり輪を作った。


「座っていない椅子と、座れないようにされた椅子は違います」


その声は小さかったが、控室の奥まで届いた。


王妃付き記録係が、代読時刻控えを開く。彼女は欠席札の筆跡を責めなかった。ただ、空いた欄を指で押さえた。


「本人発声欄がありません。欠席します、と本人が言った記録も、言える状態だった記録もありません。ならばこの欠席語は、候補者の意思ではなく、控室処理側の責任欄へ戻します」


私は青札板から四枚抜いた。


一、椅子二脚、本人着席可能まで片づけ不可。


二、食器盆二組、本人前配膳未確認。


三、本人発声欄、未到着。


四、欠席語、進行表へ移送不可。


「候補者二名の名を今ここで暴く必要はありません。けれど、名が戻る前に椅子を備品へ戻すことは止めます」


係官が椅子を壁へ寄せようと手を伸ばした瞬間、青糸が指に触れた。ほどけば、マルタが結んだ保留をほどいたことになる。


彼は手を引いた。


私は一号の椅子を、王太子側の壁から半歩だけ離した。二号も同じ幅を空ける。人が座れるだけの、ほんの小さな幅だ。


それだけで、控室は片づいた部屋ではなくなった。


戻ってくる人を待つ部屋になった。


「欠席と書くなら、本人が座れる椅子の前で、本人の声が届いてからです」


白札の裏をめくる。


一号は空白だった。


二号の裏だけ、古い布片が貼られていた。王妃衣装補助棚の鍵番号。その横に、まだ乾いていない紫の一行。


『候補者席二号、侍女控え椅子より転用済み』


マルタの青糸が、そこでぴんと止まった。


私は札を閉じず、椅子の上へ戻した。


「二号は、候補者の椅子ですらなかった可能性があります。だからこそ、今は欠席で閉じません」


控室の床に、二脚分の影が残る。


その影だけは、誰の名前にもなる前に、片づけさせなかった。

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