旧処分衣装回収室は、帰る外套を処分済みにできません
旧処分衣装回収室は、王宮衣装室の一番奥にあった。
回収室、と名札にはある。けれど扉の横へ貼られた新しい紙には、別の言葉が押されていた。
『処分済み祝典素材 一括保管』
私はその一行を読んで、すぐには扉を開けなかった。
処分済み。
その言葉は、布を軽くする。人の肩も、夜の帰り道も、賃金札も、まるで最初から重さを持たなかったものにしてしまう。
「エリナ様」
マルタが控え椅子から立とうとして、外套のない肩を震わせた。
「その部屋に、わたしの外套が入れられたなら……もう、返してもらえないのでしょうか」
「いいえ」
私は青い仮止め針を一本、扉の紙の端へ刺した。
「外套があなたの肩へ戻り、賃金札をあなたの手が受け取り、帰宅札であなたの名が呼ばれるまで、処分は完了していません」
王太子側管理室の書記が、鼻で笑った。
「布の処理と人の帰宅を混ぜるな。処分簿には、祝典素材としか書いていない」
「だから問題なのです」
私は机から持ってきた四枚を、扉の前の床へ並べた。
一枚目。候補者材料移管簿。
二枚目。マルタの夜番賃金札。
三枚目。小使いトマが震える字で写した呼名控え。
四枚目。ミリア様の採寸控えから切り取られた読了欄の写し。
その写しだけは、紙の角が丸く摩耗していた。誰かが何度も折り、何度も隠し、けれど捨てることだけはできなかった跡だった。
「ミリア様の名をここで裁くために置くのではありません」
私は写しの上へ、青い糸を一本置いた。
「本人が読めなかった欄を、処分済みの材料札へ縫い込ませないためです」
マルタが小さくうなずく。セリアは唇を結び、トマは呼名控えを胸へ抱き直した。
呼名控えの端には、まだ乾ききらない墨でこう書かれている。
『南階段 代理肩一番 本人呼名前に材料室へ』
「素材名だけなら、処分できるでしょう。けれどこの三枚を重ねると、素材はまだ人へ戻る途中です」
私は一枚ずつ、指で押さえた。
「候補者材料移管簿は、誰の肩を借りたかを書いていない。賃金札は、夜番の手へ届いていない。呼名控えは、本人が返事をする前に材料室へ送られたと示している。これは処分済みではありません。生活到着未完了です」
「そのような分類は衣装室規則にない」
「では、今作ります」
私は青札板を扉の横へ立てかけた。
『処分済みと記す前に、外套・賃金・呼名・本人読了を確認すること。未確認なら、旧処分衣装回収室は保留室とする』
マルタが息を吸った。
短い息だった。けれど、泣くためではなかった。
「マルタ・リーネ。夜番針子。まだ帰っていません」
彼女は自分で名乗り、賃金札の空白へ指を置いた。
私はうなずき、賃金札の横へ半日分の仮払い札を置く。
「帰る人の名が戻るまで、賃金も処分しません。今日の分は仮払いとして保留窓口から出します」
「……明日の針箱の点検も、わたしが戻ってからでよいですか」
「あなたが読める状態で戻ってからです」
その返事に、セリアが扉の掛け金へ手を伸ばした。
古い鉄が鳴り、回収室の空気が廊下へ流れる。
中は、布の匂いだけではなかった。
冬外套の袖。候補者控室の膝掛け。夜番用の手袋。返却札のついた靴袋。
どれにも同じ紫印が押されている。
『処分済み』
けれど靴袋の紐には、小さな紙片が残っていた。
トマがしゃがみこみ、震える指で紙片を拾う。
「これ……呼名控えの裏と同じ筆跡です。『エリナ退職処理済み針箱と同箱へ』って」
廊下の温度が一段下がった。
私の針箱。
退職処理済みとして閉じられたはずの、私の名前の箱。
王太子側管理室の書記が、扉を閉めようと一歩出た。
私はその前へ青い仮止め針を立てる。
「閉めないでください」
「もう十分だ。旧品を見ただけで騒ぎすぎだ」
「いいえ。旧品ではありません」
私は回収室の内側へ、青札をもう一枚貼った。
『この部屋の物は、持ち主・賃金・帰宅・読了欄の到着確認まで処分しない』
そして最後に、自分の針箱番号の写しをその下へ留めた。
「ここには、マルタの外套だけではなく、私の退職処理済み針箱も戻されていません。処分済みを名乗るには、私の仕事もまだ帰っていない」
マルタが、自分の外套の袖を一枚、両手で抱いた。
セリアは回収室の棚から、靴袋を廊下側の保留台へ移す。
トマは呼名控えの裏を、声に出して読んだ。
「次回回収先……王妃衣装補助棚ではなく、王太子側礼拝準備室」
王妃衣装ではない。
祝典でもない。
礼拝準備室。
人の肩と賃金を処分済みにした布が、祈りの前へ運ばれようとしている。
私は青札板の一番下へ、次の行を書き足した。
『処分済みの布を、読了前の祈りに使わないこと』
針の先が、まだ少し震えていた。けれど文字は曲げなかった。
旧処分衣装回収室は、今日から処分室ではない。
帰る外套と、まだ帰っていない名前を置く、保留室だ。




