祝典代理肩は、南階段の帰宅札を本人名なしで通しません
『祝典代理肩・南階段搬入済み』。
札の裏に押されたその四文字を見て、私は王妃衣装の搬入図ではなく、南階段の帰宅札控え箱を引き寄せた。
南階段は、王妃陛下の衣装を上げる階段ではない。
候補者と夜番針子が外套を返し、自分の名を呼ばれて、南門へ出るための帰宅札を受け取る場所だ。
「搬入済みと書かれていても、帰ったことにはなりません」
私は青札板の前に、三つの札を縦に置いた。
『搬入済み』。
『帰着済み』。
『本人確認待ち』。
王太子レオンの使いが、すぐに声を荒げた。
「南階段は祝典当日の補助導線にも使われます。代理肩は機能名です。本人名を一つずつ確認する必要はありません」
「祝典の機能名は、帰宅札の受取名になりません」
私は帰宅札控え箱の綴じ紐をほどいた。
一番上の紙には、細い紫印で『代理肩帰着済み』とある。
けれど、その下には何もなかった。
本人名欄は空白。
外套返却欄も空白。
南門通過札の受領欄も空白。
ただ、肩番号だけが、人の名前の位置へ押し込まれている。
「帰着済みという言葉は、布が階段に来た時に使う言葉ではありません。本人が名を呼ばれ、外套を返し、帰宅札を自分の手で受け取った時に使う言葉です」
セリアが小さく頷き、青札板へ針を一本渡してくれた。
私は新しい札に書いた。
『代理肩帰着済みは、本人名・外套・帰宅札の照合まで本人確認待ち』。
「その札は、祝典の進行を遅らせます」
使いの声には、焦りよりも慣れがあった。
きっと彼らにとって、名前のない欄を機能名で閉じることは、特別な不正ではない。
祝典。補助。代理。上位処理。
きれいな言葉を重ねれば、階段の下で待つ人の足音は聞こえなくなる。
「違います」
私は札を帰宅札控え箱の上に置き、針を半分だけ通した。
「祝典の進行が、人の帰宅を先に閉じないようにする札です」
マルタが、控え箱の端を見つめていた。
「エリナ様、私の賃金札も、同じ綴じ紐に入っています」
紙束の奥に、夜番針子マルタの賃金札控えが挟まっていた。
『南階段帰着済みにつき、代理肩束へ一括処理』。
その一文を見た瞬間、私は喉の奥が冷えるのを感じた。
マルタは、まだ南階段で名を呼ばれていない。
外套も返っていない。
賃金札も本人受領になっていない。
それなのに、代理肩という機能名の束へ、一括でしまわれかけている。
「マルタさん」
私は賃金札を抜き取らず、まず本人の前へ紙束ごと向けた。
紙だけをこちらで整えれば、王太子側の使いはあとで言うだろう。
本人は読んでいなかった、と。
だから私は、裁ち鋏にも針にも触れず、読み手の席をマルタの前へ戻した。
「この字を読めますか」
マルタは唇を噛み、それでもはっきり読んだ。
「南階段帰着済みにつき、代理肩束へ一括処理……。でも、私は帰っていません。外套も、まだここにあります」
「では、本人確認待ちです」
私はマルタの賃金札に青い細紐を結び直した。
『マルタ賃金札、代理肩束より切離し。本人受領待ち』。
さらに夜番外套の控えにも札を重ねる。
『外套が本人へ戻るまで、帰着済みにしない』。
それは大きな勝利ではない。
マルタの賃金が今すぐ払われたわけでも、名前のない代理肩の正体が分かったわけでもない。
それでも、マルタの指が賃金札の青紐に触れた時、彼女は小さく息を吐いた。
「これなら、明日の朝、私は未払いではなく、本人受領待ちで並べます」
「はい。あなたの夜番は、代理肩の材料費ではありません」
夜番外套の布端が、返却窓口の灯りで少しだけ温かく見えた。
けれど、少なくとも一つ、生活は守られた。
マルタの働いた夜が、機能名の束に消えなくなった。
名前のない肩も、祝典の素材として南階段を通ったことにはならなくなった。
王妃陛下が静かに口を開いた。
「わたくしの衣装は、名のない帰宅を踏んで階段を上がりません。南階段の帰宅札は、本人名で照合なさい」
その声で、王太子側管理室の使いは控え箱に触れられなくなった。
私は深く礼をし、帰宅札控え箱の蓋を閉じないまま青札板の横へ置いた。
蓋を閉じるには、まだ名前が足りない。
そして、時刻も足りなかった。
控え箱の底に貼りついていた南階段搬入簿の写しをはがすと、二つの時刻が並んでいた。
王妃祝典衣装の公式到着印は、八つ鐘三十二分。
『代理肩帰着済み』の紫印は、八つ鐘三十一分。
衣装が届く一分前に、人だけが帰ったことにされている。
私は南階段搬入簿に、もう一枚の青札を置いた。
「この一分は、布の遅れではありません」
誰かの帰宅が、王妃衣装より先に閉じられた一分だった。




