表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/57

ミリアの受領前メモは、妹の罪状ではなく読めなかった同意欄です

貸出棚三番の奥から出てきた小さな紙片を見た瞬間、夜番針子のマルタが息を呑んだ。


 そこには、ミリアの丸い花文字で一行だけ書かれていた。


『外套は借ります。礼服芯にはしないでください』


 王太子レオンは、すぐにそれを指で弾いた。


「見たか。自分で借りると書いている。ミリアは承知していた。ならば外套の扱いも、候補者衣装への転用も、本人の意思だ」


「いいえ」


 エリナは紙片を拾い上げる前に、青い保留札を机へ置いた。


 メモは、責めるために読むものではない。


 まず、誰の生活手順を止めているのかを読むものだ。


「殿下。この紙は、同意書ではありません。受領前メモです」


「同じだろう。借りると書いてある」


「同じではありません。借りる、は外套がミリア様の肩に届くまでの言葉です。礼服芯にはしないでください、は外套がどこへ行ってはいけないかを示す言葉です。二つを合わせれば、これは転用同意ではなく、転用拒否の保留線です」


 エリナは紙を裏返した。


 候補者控室の普通紙ではない。王太子側管理室で使われる、生活影響明細の控え紙だった。端に薄く、項目名だけが残っている。


 着用者名。

 帰宅時刻。

 夜番外套返却先。

 本人読了欄。


 最後の一列だけ、刃物でまっすぐ切り落とされていた。


「読了欄がありません」


 セリアがつぶやくと、マルタは震える指で自分の賃金札を押さえた。


「じゃあ、ミリア様は……読んだことにされる前に、この一行だけ残したんですか」


「可能性があります。だから今、私たちがしてはいけないのは、ミリア様を犯人名で閉じることです」


 エリナは返却窓口の帳面を開き、三つの欄を新しく引いた。


 借りた外套。

 転用拒否の一文。

 切り取られた本人読了欄。


「外套は借りられている。けれど、芯布へ回してよいとは書かれていない。本人が読んだ欄はない。なら、このメモは罪状ではなく、まだ閉じてはいけない同意欄です」


「また空白か」


 レオンは苛立って机を叩いた。


「空白を守ってばかりでは祝典が進まない。王家の衣装は明朝までに立ち上げなければならないのだぞ」


「祝典より先に、帰る外套です」


 エリナは静かに答えた。


「マルタさんの夜番外套は、帰宅路で肩を冷やさないためのものです。南門通過札は、外套を着た人が門で止められず帰るためのものです。ミリア様のメモは、その外套を礼服芯にしないでと言っています。つまり、この紙が守っているのは、王家の都合ではなく、誰かが帰るための布です」


 王妃付きの侍女長が、初めて紙片へ顔を近づけた。


「生活影響明細の控え紙……候補者控室ではなく、管理室保管の紙ですね。なぜミリア様がそれを持っていたのでしょう」


「持っていたのではなく、渡されたのかもしれません。読了欄を切り落とされた控えだけを」


 エリナは、メモを新しい青札に挟んだ。


 青札の上には、こう書く。


『本人読了欄切除につき、ミリア様の同意として使用不可。外套は帰宅棚三番へ保留』


 マルタの肩から、少しだけ力が抜けた。


「それなら……私の外套、まだ私の帰るための外套として数えてもらえますか」


「数えます。外套が帰るまで、人も帰っていない。これは昨日決めた帰宅棚三番の規則です」


 エリナは棚の三番に、夜番外套の予備札、南門通過札、マルタの賃金札、そしてミリアの受領前メモを並べた。


 四つは別々のものに見えて、同じ条件を示していた。


 布が肩に届くこと。

 門を通れること。

 賃金が本人へ届くこと。

 同意欄を本人が読めること。


 どれか一つでも欠ければ、外套は帰っていない。


「この棚を、ミリア様への断罪棚にはしません。本人が戻って読めるまで、メモはメモのまま守ります」


 レオンの顔が赤くなった。


「では、祝典衣装の芯はどうする。王家の核が空くではないか」


「空くのではありません。まだ誰の同意でも埋められないだけです」


 その言葉に、侍女長が小さく頷いた。


 だが、頷きが終わる前に、王太子側管理室の使いが駆け込んできた。


 彼は封蝋のついた細長い封筒を差し出した。


「管理室より、候補者衣装緊急補完命令です。切除された読了欄は、王太子殿下の確認をもって補完済みとする、と」


 エリナは封筒を受け取らず、青札の隣に未開封保留札を置いた。


 補完、という綺麗な言葉の下で、誰の肩と帰り道が動くのか。


 まだ、生活影響明細が添えられていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ