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候補者控室の貸出棚三番は、夜番外套を礼服芯に返しません

候補者控室、貸出棚三番。


貸出対象、夜番外套予備。


その二行を読んだ瞬間、私は旧保守印写しの端を指で押さえた。王妃祝典衣装の白い芯布よりも、ずっと寒い場所がそこにあった。


「外套?」


セリアが小さく言った。


「候補者控室に、夜番用の外套棚があるのですか」


「あります」


答えたのはノアだった。門番帽を胸に当てたまま、彼は南門通過札の束を見つめている。


「祝典候補者の控室は、夜になると南門の近道を使います。正門は儀礼車列で塞がる。控室から南門までの短い廊下でも、夜番明けの針子や候補者付きの者には外套が要るんです」


短い廊下。


その言葉を、私は布の幅ではなく、帰る時間として読んだ。


「貸出棚三番は、素材棚ではありません」


私は紫印台帳の横に青札を置いた。


「これは帰宅導線です。外套、通過札、南門の確認名。この三つがそろって、初めて人は控室から自分の部屋へ戻れます」


レオンが鼻で笑った。


「外套一枚で大げさな。祝典礼服の芯材が足りないのだ。王太子妃候補のために、予備外套の良い布を使っただけだろう」


「良い布ではありません」


私は貸出記録を一枚ずつ机に並べた。


三番棚。外套二枚。


南門通過札。夜半から明け六つまで。


返却予定。翌朝、本人確認後。


そして旧保守印写し。


「この外套は、礼服の中で黙るための布ではありません。門を越える人の肩に戻らなければならない布です」


「肩など、あとで何とでもなる」


「なりません」


私は南門通過札の一枚を取った。端に小さな水染みがある。雨の夜、誰かが握りしめた跡だ。


「外套がなければ、通過札は使えません。通過札が使えなければ、候補者控室に残される。控室に残されれば、翌朝の賃金札は欠勤扱いになる。欠勤扱いになれば、本人は『帰れなかった』ではなく『来なかった』にされます」


廊下の針子たちが息を止めた。


マルタの賃金札の青い糸が、かすかに揺れる。


「夜番外套を礼服芯に返すということは、布を移すことではありません。帰宅を欠勤へ、肩の寒さを素材費へ、人の名前を儀礼の厚みへ変えることです」


王妃陛下は何も言わなかった。ただ、台帳を見る目がさらに細くなる。


私は三枚の札を作った。


一枚目、貸出棚三番。素材転用保留。


二枚目、南門通過札。外套到着条件未完了。


三枚目、夜番外套予備。本人返却まで礼服芯使用不可。


「今夜、この棚から外套を一枚戻します」


私はノアへ向けて言った。


「南門の通過札を持ったまま帰れない人を、一人減らします」


ノアの喉が動いた。


「では、マルタは欠勤ではなく」


「帰宅条件未完了です。本人が戻り、外套を返し、自分の名で賃金札を確認するまで閉じません」


セリアがすぐに細い筆を取った。マルタの賃金札の端へ、帰宅条件未完了、と書き足す。リナリアは候補者外套札の横へ、貸出棚三番を帰宅棚として再登録、と控えた。


ただ外套が一枚戻るだけではない。


控室に残される人数が、一人減る。


そう書けた時、廊下の冷たい空気が少しだけ動いた。


「勝手な再登録だ」


レオンが声を荒げた。


「候補者控室の棚は王太子側管理室のものだ。旧保守印がある以上、保守済み、返却済み、転用可能だ」


「その三つの言葉を、今ここで分けます」


私は旧保守印写しの下に、線を三本引いた。


保守済み。どの棚を見たか。


返却済み。誰の肩へ戻ったか。


転用可能。誰が帰れる条件を残したか。


「どれも空白です。空白なら、王太子側管理室の完了語では閉じられません」


王妃陛下が静かに頷いた。


「貸出棚三番を、帰宅棚として保全します。南門通過札と賃金札を照合しなさい」


「承ります」


私は棚番号の下へ青い糸を通した。


仮保守責任窓口に、新しい板を立てる。


帰宅棚三番。


外套が帰るまで、人も帰っていない。


私は板の下へ、南門通過札の写しを一枚挟んだ。そこには、帰る者の名を書く欄と、門を通った時刻を書く欄がある。今までは門番の都合で閉じる欄だった。今日からは、外套を肩に掛けた本人が、自分の字で戻った時刻を残す欄にする。


「棚は布をしまう場所ではありません」


私は針子たちに言った。


「帰る手順を預かる場所です。だから、外套が戻らない限り、棚も、通過札も、賃金札も、保守済みにしません」


その板を見た夜番の若い針子が、泣きそうな顔で頭を下げた。


「今夜は、自分の外套を誰かに貸さずに済みます」


その小さな声が、私には祝典の鐘より重かった。


私は貸出記録をもう一度めくった。三番棚の頁の間に、薄い紙片が挟まっている。紫印の下ではない。返却予定欄の前、受領欄のさらに手前。


花文字に似た、けれど少し震えた字。


私は息を止めて読み上げた。


「まだ受け取っていません。外套は借ります。礼服芯にはしないでください」


紙片の末尾には、短く署名があった。


ミリア。


妹の名で閉じられたはずの欄は、まだ本人の声を一行だけ残していた。

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