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天元魔術師と白詰草 ~孤独な最底辺魔術師、訳あり無気力剣士と大森林の異変に挑む~  作者: 藍川葵
銀貨二十枚の護衛

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地下室

 ゴラン夫婦は幌馬車の荷台で、従者の二人は荷馬車の陰で、それぞれ眠りに就いた。

 やがて、呼吸の音と焚き火の爆ぜる音だけが、一定のリズムを刻み始める。

 三時間が経とうという頃、グレンはそっとシャムロックの肩を揺すった。

 剣士は眠たげに眉を寄せると、「もうそんな時間か」と短く呟き、身体を起こす。


「問題なし」


 報告を受け、シャムロックは立ち上がって周囲を見回す。

 焚き火の暖かさが沁みたのか、首元を僅かに摩る仕草を見せた。


「へいへい」


 低く抑えた声。


「後は任せな」

「言われなくても」


 毛布に包まり横になる。焚き火の爆ぜる音が、ふっと遠のいた。

 耳鳴りのような静寂が広がり、炎の揺らぎが不自然に引き伸ばされる。赤と橙の境界が滲み、形を失っていく。

 森が、近付いてくる。

 樹々の影が呼吸をするように膨らみ、夜の奥から何かが覗き込む気配がした。

 まぶたが重く沈み、意識は底の見えない闇へと引き込まれていった。


 ◆ ◆ ◆


 ヴェルンハイトの屋敷で、最初の数日は穏やかだった。

 豪華な部屋。温かい食事。魔術の講義。

 ここに居場所があるのかもしれない――そんな希望が、芽生えかけていた。


 六日目の夜に、すべてが壊れた。


 地下の研究室。蝋燭の灯り。

 鉄の拘束具に縛りつけられ、針が腕に刺された。

 何を注入されたのかは分からない。

 ただ、血管の中を沸騰した油が駆け巡るような激痛だけが全身を貫いた。


「おお、素晴らしい反応だ」


 ヴェルンハイトの声に感情はなかった。

 被験体の苦悶など、最初から存在しないかのように。


 意識が途切れるたびに冷水を浴びせられ、引き戻される。隣の机で同じように苦しんでいた少女の目から光が消えていく瞬間を、見届けてしまった。


 誰か助けて。

 だがグレンには、誰もいなかった。


 ◆ ◆ ◆


 夜明け前、グレンは息苦しさに耐えきれず目を覚ました。

 心臓が痛いほど速い。冷汗が衣服を濡らしている。

 街道沿いの野営地――現実だと認識するまで、数秒を要した。


「どうした」


 シャムロックの眠たげな目が、闇の向こうからグレンを捉えていた。


「何でもない」


 硬く掠れた声が漏れる。


「そうかい」


 シャムロックは怪訝そうに眉を動かしたが、追及はしなかった。

 その無関心が、ありがたかった。

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