風斬鷲 対 岩石蜥蜴
「いる」
オルドが低く言った。確信のある声だった。獣のいる場所では、小さな命が口をつぐむ。長年、森を歩いてきた男の知っている沈黙だった。
オルドの言葉が途切れた。
上から、風を切る音が落ちてきた。
風斬鷲だった。二羽が前後して、岩壁の上部へ一直線に降下していく。灰褐色の羽毛が風を受けて逆立ち、黄色い脚が前方に突き出されていた。
三人に向かってではない。
岩壁の上部——切り立った崖の、人の手も届かぬ高さ。裂け目が大きく口を開けた一角に、二羽は向かっている。
そこから、声がいくつも上がっていた。細く、甲高く、絞り出すような鳴き声。必死に、何かを訴えている。
グレンの位置から巣は見えない。だが、あの声は聞き間違えようがない。雛だ。
そして、巣の縁に、灰色の何かが取りついていた。
一見、岩の一部にしか見えない。だが鷲が接近した瞬間、それが動いた。首がもたげられる。灰色の鱗が岩の色から分離し、輪郭を現した。
蜥蜴。
背面から尾にかけて、棘のような鱗が密生している。全長はグレンの背丈の倍近いだろう。四肢の爪が岩の裂け目に食い込み、巣の縁にへばりついたまま、二羽の鷲を迎え撃つ姿勢を取った。
雛の鳴き声が、岩壁に反響している。
二羽の鷲が、左右から蜥蜴に襲いかかった。一羽が背面に爪を立て、もう一羽が頭部を狙う。甲高い音が、岩場に反響する。金属を引っ掻いたような、耳障りな音。
爪が——滑った。鱗の表面を爪先が走り、火花が一瞬散って、空を切る。
通らない。
二羽は旋回し、高度を取り直す。もう一度。角度を変え、交互に突っ込む。爪が振り下ろされる。
また、滑る。
蜥蜴が岩壁から身を起こした。巣の縁に四肢を踏ん張り、太い尾を振り上げる。
一羽が正面から迫った瞬間——蜥蜴の尾が横薙ぎに振られた。
鈍い音。
鷲の右脚に、尾が直撃した。翼のバランスが崩れ、体が横向きに弾かれる。悲鳴が上がった。甲高く、鋭く、岩場に反響する声。鷲は翼を激しく打って体勢を立て直そうとして、羽毛が散った。右脚が、だらりと垂れている。
だが、退かなかった。
もう一羽が、その隙に蜥蜴の頭部へ躍りかかる。残った力で、傷ついた一羽も加わった。残った左脚で蜥蜴の頭を蹴る。爪が目の上を引っかいた。蜥蜴がひるみ、巣の縁を掴んでいた前脚が滑る。
バランスを失い、蜥蜴の巨体が岩壁から剥がれ、落下した。
重い音。砂埃。地面に叩きつけられた蜥蜴が、四肢を地につけて身を起こす。落下の衝撃で傷ついた様子はない。あの鱗が、すべてを吸収したのだろう。無傷だった。
蜥蜴は首を巡らし、岩壁の上を見上げた。二羽の鷲は、巣の上空を旋回している。一羽は右脚を庇って体が傾き、高度が安定しない。だが、どちらも巣の上空を離れない。
数秒、蜥蜴は動かなかった。
それから、身を翻して岩場の裂け目へ移動を始めた。四肢が地面を掻き、太い尾が砂を掃く。速くはない。だが重い。爪痕を残しながら、裂け目の一つに身体を滑り込ませ——消えた。
岩と同じ色の鱗が、岩の中に溶ける。
三人は岩の陰に身を潜めたまま、一部始終を見ていた。
雛の鳴き声は、まだ続いている。だが、さっきより落ち着いていた。
上空で、二羽の鷲が旋回している。一羽の右脚から、血が滴っていた。やがて、無傷の方が先に、巣のある裂け目へ滑り込んでいく。親鳥に安堵したのだろう。鳴き声がぴたりと止んだ。
傷ついた一羽は、なお上空に残っていた。ゆっくりと高度を下げ、やがて巣の縁に左脚だけで降り立つ。翼を畳む。右脚を持ち上げたまま、身じろぎしない。
オルドが呟いた。声が低い。
「折れてはいないだろう」
しかし、無傷でもない。狩りができなければ、あの鷲は飢える。雛もいる。番のもう一羽が狩るにしても、二羽分の口を一羽で支えるのは、楽ではないだろう。蜥蜴が再び巣に来たとき、傷ついた体で、もう追い払えるかどうか。
「あの鷲は——」
グレンが言いかけると、オルドが遮った。
「殺すな」
強い声だった。片方だけの目が、グレンを射抜く。
「あの鷲は、この山の一部だ。兎を狩り、鼠を食う。増えすぎた獣を間引いている。あいつがいるから、畑を荒らす小動物が抑えられていた。——村の連中は、そこまで考えんがな」
「殺す気はない」
グレンは短く返した。
「蜥蜴の方を何とかすれば、鷲は元に戻るんだろう」
オルドの片目が、わずかに見開かれた。自分の主張がこうもあっさり受け入れられるとは、思っていなかったのだろう。
「……ああ。蜥蜴がいなくなれば、兎が戻る。餌に困らなくなれば、村の家畜に手を出す理由がない」
シャムロックが、岩壁の上の鷲と、蜥蜴の消えた裂け目を交互に見た。
「で、あの蜥蜴だが」
剣の柄を、軽く叩く。
「さっき見た限り、鷲の爪が通らなかった。あれじゃあ剣でも無理だろうな」
声は平坦だった。悔しさも焦りもない。通らないものは、通らない。
グレンの方を見た。
「お前なら、どうだ」
グレンは杖を握り直した。蜥蜴の消えた裂け目を見つめる。
鱗は硬い。刃を弾く。爪を弾く。物理的な鋭利さでは破れない。
だが、炎は表面の形に関係なく対象を焼く。雷は装甲を無視して中身に通る。氷は隙間から浸透する。鱗の上を滑る刃とは、法則が違う。
腹は薄い。落下したとき、一瞬見えた。背面と明らかに色が違った。
「やれる」
「頼んだ」
短い。それで全部だった。
「問題は、どうやってあいつを見つけるかだな」
シャムロックが裂け目の方を顎で示す。
「岩に擬態する。動かなきゃ見分けがつかない」
「……跡を追う」
オルドが、地面の引きずり痕に目を落とした。
「あいつは岩を削り、砂を引きずって歩く。跡は必ず残る。それに——獣のいる場所は、虫さえ黙る。耳でわかる」




