どう仕留める
翌朝、ヘルマンに案内されて村を出た。
丘陵に沿って放牧地が広がる。木の柵が緩やかな傾斜を縫って続き、その中で山羊が十数頭、朝露の残る草を食んでいる。白い毛が朝日を受けて淡く光り、首の鈴が、揺れるたびに乾いた音を鳴らした。少し離れた区画には羊の群れもいる。
丘を一つ越えると、視界がさらに開けた。柵は途切れ、草地がそのまま次の丘へと続いている。その向こう、丘陵の連なりの果てに岩山が立ち上がっていた。切り立った岩肌が、稜線を鋸の歯のように刻んでいる。
「岩場は、あのあたりだ」
ヘルマンが岩山の手前を指差した。丘陵が岩山へと迫り上がる一角に、灰色の岩肌が露出している。崖というほどの高さはないが、切り立った面が朝日を受けて白く光っていた。
「あそこに、大きな鳥影が旋回しているのを何度か見た」
シャムロックが目を細め、岩場の方角を睨んでいる。距離を測っているのだろう。
柵沿いを歩く。草が靴の先を濡らした。露を含んだ土の匂いと、山羊の体臭が混じり合う。
シャムロックが立ち止まった。柵の支柱を見ている。
「これか」
支柱の上端に、深い爪痕が刻まれていた。三本の溝が木の繊維をえぐり、白い木肌が剥き出しになっている。爪の幅が広い。相手の大きさが窺い知れる。
「止まり木にしたのか、それとも獲物を掴み損ねた痕か」
シャムロックが指先で溝をなぞる。
「あっちにも」
ヘルマンが数歩先の地面を指した。草が不自然に薙ぎ倒された一角がある。半径二歩ほど。中心の土が掘り返されたように乱れていた。
「山羊を攫った場所だ。足で掴んで、そのまま飛び上がった」
グレンはしゃがんで地面を見た。爪痕が土に深く食い込んでいる。四本。獲物を鷲掴みにした痕だ。周囲の草に、暗い染みが残っていた。血の乾いた痕だろう。
「鷲か……」
立ち上がり、空を見上げた。雲が薄く流れている。高く青い。鳥影はない。
「どした」
シャムロックが横に立つ。
「どう仕留めるかなって」
グレンは空を見上げたまま、ぼんやりと言葉を漏らした。地面よりも、青の向こう側に意識が向いている。
「下手に刺激して逃げられても面倒だし、警戒される前にケリを着けるのが理想だろ」
「ああ」
シャムロックが力強く頷いた。
「全部お前に任せる」
「全……え」
空から視線が落ちた。隣の男を見る。
「全部て」
「全部」
迷いのない目だった。冗談ではない。
少し離れたところで聞いているヘルマンの顔から、静かに血の気が引いている。
「よく考えてみろ」
シャムロックが腰の剣の柄を軽く叩いた。
「相手は上空から急降下で一撃離脱する猛禽だぞ。俺のリーチで太刀打ちできるわけない」
「お前なら何とかしそうだし」
「どうやったら何とかできるんだよ」
「わからんけども……」
シャムロックは本気で難しそうな顔をしているが、深刻さがない。まだ風斬鷲が姿を見せていないからだろう。朝の放牧地に、山羊の鈴と虫の声だけが鳴っている。
グレンはもう一度空を見上げた。
炎は駄目だ。
鷲の速度に対抗するには、広範囲に展開する必要がある。だがここで火を広げれば、丘ごと焼いてしまう。
速度だけなら、雷を飛ばすのが一番速い。
しかし、高さと距離のある相手に線の攻撃を直撃させるのは至難だ。こちらは地上で上を見上げている。相手は高さすら自在に変える。点と線。確率が低すぎる。
では——面で捉えるか。
降下コースを絞る。着地点を限定する。確実に決めるなら、地面まで引きずり降ろして、一瞬でも動きを封じたい。空中の鳥をどうこうするのではなく、地面に来ざるを得ない状況を作る。風の流れを絞るか。家畜を攫いに降りてくるなら、降りる場所を限定させるか。そうすれば——。
そこまで考えて、シャムロックを見た。
地面に降ろして、一瞬でも動きを封じれば。あとはこの男がどうとでもする。ベオルンを叩き斬り、大ガエルの頭を縫い止めた、この男が。
「シャムロック」
「うん?」
「鷲を落としたら、何とかできる?」
「まあ、手が届くなら」
即答だった。考えるまでもないという声。手が届けばいい。それだけ。ベオルンのときもそうだった。グレンが氷刃で鎧を砕き、隙間を作った。シャムロックはその隙間に剣を通した。やることは同じだ。
「じゃあ、頼んだ」
「おう」
短い。それで終わった。
作戦会議と呼ぶには粗すぎる。段取りも手順も詰めていない。ただ「俺が落とす、お前が仕留める」。骨格だけの取り決めだった。
だが、不足は感じなかった。
ヘルマンが二人の顔を交互に見ている。この簡素な合意で本当に大丈夫なのか、と顔に書いてあった。




