もしかして、ハーブをご存知ない?
続いて、隣の食料品店に入る。
こちらは雑貨屋より広く、天井も高かった。壁一面に棚が組まれ、麻袋がいくつも口を開けて並んでいる。豆。麦。乾いた豆類。床には塩の塊がいくつも積み上げられ、表面が白く粉を吹いていた。梁から干し肉の束と、紐で括られた干し魚が吊るされ、その下を通ると影が顔をかすめる。奥の棚には、素焼きの壺がいくつも並び、蓋の隙間から色とりどりの粉や乾いた葉が覗いていた。
空気が、雑貨屋とは違う。乾いた草と、脂と、かすかに饐えた発酵の匂いが、混じり合って漂っている。
シャムロックは緩い足取りで棚を巡り、塩は小さな布袋に、獣脂は小ぶりの素焼きの壺に詰めてもらう。それから別の壺から、乾いた葉を一掴み、布に包んでもらった。
塩はわかる。脂もわかる。
乾いた葉。
「それは、何に使うんだ」
否定ではない。純粋な疑問だった。
「臭み消しというか、風味付けというか」
シャムロックが包みの口を開いた。乾いた葉の欠片が詰まっている。鼻先をかすめる香りは、青く、少し刺した。
「風味……」
グレンは風味がわからない。
「肉でも魚でも、こいつをパラっとやれば美味くなる」
「へぇ」
相槌を打つものの、さっぱりわかっていない。
「どうせ食うなら、美味い方がいいだろ」
グレンは口を開きかけ、止まった。
美味い方がいい。
その言葉に頷こうとして、頷く根拠が自分の中にないことに気づいた。
避けたい味はある。苦くて渋い、えぐみの強い薬湯は嫌いだ。けれど、それ以上の良し悪しとなると——。
「うん……?」
安く腹が膨れれば、それでよかった。味について考える機会が、これまで一度もなかった。
「もしかして、ハーブをご存知ない?」
シャムロックの眉が寄る。
「ハーブくらい知ってる。傷に貼ったり、煎じて飲んだり」
反論に、シャムロックは軽く頷く。
「そういうのの中の、食っても美味いやつだよ、これは」
「わからん……」
「そんなことある……?」
シャムロックが肩をすくめた。
「まあ、食えばわかるさ」
紙包みの口を閉じ、塩と脂と一緒に会計へ持っていく。店主が壺の蓋を戻し、棚に並んだ油壺の列の向こうで、釣銭を数えた。
よくわからないものが、共有の財布から買われていく。腑に落ちない。
けれど、シャムロックが「あった方がいい」と言うなら、そうなのだろう。自分に常識がないことくらいは、わかっている。
◆ ◆ ◆
ギルドに戻り、掲示板の前に立った。
大森林での資源採取。逃げ出した家畜の回収。害獣駆除。井戸の浚渫。地下水路の大鼠駆除。依頼票が所狭しと貼り出されている。端が日焼けしたものもあれば、まだインクの乾ききっていないものもあった。
「こんな依頼がいい、とかないのお前」
正直、この男となら、たいていの依頼はこなせる気がする。さすがに女人限定や、芸事の必要なものは無理だが。
「できるだけ何もしなくていいやつ」
「ねぇよ、そんなもん」
何を言っているのだこの男は、とグレンが呆れる。
「世知辛い……」
ぼやきながら、シャムロックが一枚の依頼票を指差した。
「あれは? 夜間の倉庫番。何もしなくてよさそうじゃね」
「何も起こらなきゃ何もしなくていいだろうけど……」
報酬は一晩で銀貨一枚。半分は共有財布に入れるから、手元に残るのは二人で銀貨半分。つまり銅貨五枚だ。
「一日で消えるな」
「世知辛い……」
グレンの視線が、掲示板の片隅に移った。
鋼級以上推奨の依頼票が、まとめて貼られている。報酬の桁が違う。銀貨ではなく金貨が並ぶものもある。鉄級の自分たちには、受けられない。
視線が、一瞬だけ長く留まった。
三年間、手が届かない段。
技量の問題ではない。わかっている。もし自分がギルドの職員なら、自分に鋼級の依頼は回さない。高い確率で依頼主と揉め、周囲と衝突し、面倒事になる。そういう冒険者だった。ずっと。
視線を戻した。
今は、今日の依頼を選ぶ。それだけだ。
その日は井戸浚渫の依頼を受けた。




