戦後の熱
焚き火の熾が、赤く脈打っていた。
その明滅に合わせるように、グレンの視界もわずかに揺れる。左肩の奥で、鈍い痛みが遅れて脈を打ち始めていた。焼けるような熱と、引き裂かれた感触が、時間差で広がってくる。
虫の声が、戻ってくる。
さっきまで途切れていた音が、慎重に、様子を窺うように森へ満ちていく。湿った土の匂いと、焦げた粘液の残り香が混ざって、鼻に重く残っていた。
グレンは浅く息を吐いた。
魔術で灯りを熾し、視線を巡らせる。
シャムロックが、まだ剣を刺したまま片膝をついていた。肩が大きく上下している。息が荒い。喉の奥で空気を引きずるような音が、ここまで届いてくる。
リーナが薪を放り捨てた。乾いた音が地面に転がる。右手を振り、息を吐いている。掌を開いたとき、熾火の赤がそこに映り込んだ。
足音が近づく。
ミレイアが駆け寄ってきた。
グレンの前に膝をつき、左肩を押さえている手にそっと触れる。その指先は冷えていた。戦闘中に震えていたのかもしれない、とグレンはぼんやりと思う。
手がずらされる。
布の裂ける感触が、動きに合わせて再び痛みを呼び起こした。
「肩、見せてください」
「ああ」
声が思ったより低く出た。
グレンは力の入らない左腕を預けた。重い。自分の腕ではないような感覚がある。
ミレイアの掌に、淡い光が灯る。
それが傷口へ流れ込んできた。
温かい。だが熱とは違う。内部から染み込んでくるような感触が、裂けた肉の奥へとじわじわ広がっていく。出血が、ゆっくりと収まっていくのが分かる。
筋肉の断面が、光の中で引き寄せられていく。
だが、遅い。
グレンは気づいた。治癒の進みが鈍い。光の強さに対して、身体がそれを受け取る速度が追いついていない。
視界の端で、ミレイアの眉がわずかに動いたように見えた。
何かを言いかけて、止めた気配がある。
「止血は済みました。筋は繋がりかけていますが、しばらくはあまり動かさないでください」
「わかった」
短く答える。
痛みは残っているが、さっきよりはましだ。動かさなければ、戦闘不能というほどではない。
ミレイアが立ち上がり、リーナの方へ移動した。
リーナは焚き火の傍に座り込んでいる。赤くなった掌を膝の上に乗せたまま、じっと見ていた。
「リーナさん、手を見せてください」
「あー……やっぱ焼けてんね、これ」
軽い調子だが、声の奥にわずかな強張りがある。
差し出された右手は、広く腫れていた。熱がこもっているのが、ここからでも分かる。皮膚が張り、水膨れが浮き上がりかけている。
ミレイアの光が、その掌を包んだ。
火傷特有の、じくじくとした匂いがわずかに立ち上る。
グレンは右手を持ち上げた。まだ痺れが残っている。指先の感覚が鈍い。それでも魔力を練る。
掌の上で空気が軋んだ。
次の瞬間、拳大の氷塊が形を成した。白く曇った表面から、冷気がじわりと広がる。
「これで冷やせ」
リーナが顔を上げた。一瞬だけグレンの顔を見て、それから氷を受け取る。
「……っ冷た。沁みる」
歯を食いしばる音が混じる。
「治癒している間、反対の手はそれで冷やしておけ」
「ありがと」
短く返された声は、さっきより少しだけ柔らかかった。
グレンは息を吐いた。
そのとき、視界の端でシャムロックが立ち上がった。
何事もなかったような顔を作っているが、動きが妙にぎこちない。視線が落ち着かず、あちこちを泳いでいる。ベルトを締める手つきがやけに速い。
リーナが口を開いた。
「ねえシャムロック」
「何」
声が硬い。
普段の無気力とは違う、妙な張りがある。
「ちゃんと出た?」
「引っ込んだわ」
即答だった。
「残り出してきていいよ」
「引っ込んだって言ってんだろ」
グレンは小さく息を吐いた。
緊張が抜けていくのが分かる。
ミレイアが、光を当てたまま小さく言った。
「手も洗ってきてくださいね」
シャムロックの肩がびくりと跳ねた。
「わかったよ! 洗ってくるよ!」
声が少し裏返る。
背中を向けて歩き出す足取りが、やけにせかせかしている。
グレンは口元を緩めた。笑おうとした瞬間、左肩が強く引きつれた。
「いって……くそ、笑わせるな」
痛みが遅れて押し寄せる。
「俺は最善を尽くしただけだろうが!」
遠ざかりながら、シャムロックが言い返す。ミレイアの光が、わずかに揺れた。手元が震えている。
暗くて表情ははっきり見えないが、呼吸が乱れているのが分かる。小さく鼻を啜る音が混じった。
「み、ミレイアちゃん手元――」
「大丈夫ですっ――大丈夫――」
声が湿っていた。
「泣いてないですからね」
「怖かったよね、泣いていいよ」
「泣いてませんん!」
焚き火の熾が、ぱちりと弾けた。
その乾いた音が、森の静けさに吸い込まれていく。
夜の中に残っているのは、四人分の呼吸と、かすかな笑いだけだった。




