夜襲と飢餓
最初の見張りはリーナだった。交代の頃合いが近づいていた。焚き火は勢いを失い、炎は消えかけている。赤く崩れた熾が、かすかに脈打つように明滅していた。
薪を一本差し込む。乾いた木が軋み、じわりと熱が立ち上る。焦げた匂いが鼻を掠める。リーナはそのまま、ゆっくりと視線を巡らせた。
虫の声が絶え間なく続いている。湿った風が葉を揺らし、ざわざわと音を立てる。夜の森は生命の気配に満ちている。だが、その中に、不自然な静けさが混じっていた。
沼地のある方角だった。
音が薄い。空気が重い。そこだけが、何かに押し潰されているように沈んでいる。
リーナは立ち上がった。足音を殺しながらシャムロックへ近づく。しゃがみ込み、肩を軽くつついた。
「こうたい」
小さな声で告げる。
シャムロックは、あっさりと身を起こした。目に眠気はほとんど残っていない。頭を一度掻く。
「先に小便済ませてくる」
「はいはい」
リーナが軽く返す。シャムロックは防具を外した軽装のまま、剣だけを掴み、木陰へ消えた。落ち葉を踏む音がすぐに闇に溶ける。
リーナは焚き火の傍に戻った。弓を膝に乗せる。熾火の赤が、かすかに上下している。光の届く範囲は狭く、その外は濃い闇が広がっていた。
グレンは焚き火から四歩ほど離れた位置で毛布にくるまっている。傍らに置かれた杖が赤い光に照らされてぼんやりと浮かぶ。ミレイアはリーナの隣で毛布にくるまり、小さく丸まっている。
リーナは再び周囲を見渡した。闇をなぞるように視線が動く。
グレンの寝袋の方向を通過した、そのとき。
眼が止まった。
何かがいる。
熾火の弱い光では、はっきりとは見えない。だが、確かにそこにある。グレンの横に、グレンではないものが蹲っている。
低い塊だった。
湿った光沢がわずかに反射している。地面に張り付くような姿勢で、寝袋のすぐ脇に寄り添っている。
理解するまでに、ほんの一拍の遅れがあった。
扁平な頭部。左右に張り出した黄色い目。
昼下がりの街道で遺体に覆い被さっていた、あの灰褐色の異形。
「カエルーーッ!!」
叫びと同時に、身体が動いていた。
木立の中から「はぁ!?」という声が上がり、「待て待て待て待て!」と続く。シャムロックの慌てた声だった。
だが、構っていられない。
仲間のすぐ傍にいる相手に、矢は放てない。
リーナは焚き火にくべかけていた薪を掴んだ。先端が赤く熾きている太い枝だった。熱が掌に伝わる。火の粉が散る。
大きく踏み込む。
◆ ◆ ◆
変異大ガエルは、叫び声を聞いた。
だが、反応しなかった。
腹が減っていた。内側から削られるような空腹が、ずっと続いている。狩りに失敗し続けていた。何度も近づこうとして、やめた。あの恐ろしいものがいた。鋭く切りつけてくるもの。近づけば危険だと、身体が覚えていた。
だが、今は違う。
あれがいない。
圧が消えている。周囲の空気が軽い。邪魔をするものがいない。
目の前に、濃い魔力の匂いが横たわっている。
強い。甘い。引き寄せられる。喉の奥が熱くなる。
叫び声は聞こえている。だが、それは餌ではない。空気を震わせるだけの音にすぎない。痛みの記憶にも結びつかない。行動を変える理由がない。
視界の端で何かが動いているが、関係がない。
意識は、ただ目の前の獲物に集中していた。
舌が射出された。




