霧獣の輪郭
六人の顔を、焚火の光がゆらゆらと舐めていた。薪が爆ぜるたびに火の粉が跳ね、乾いた煙が鼻の奥を刺激する。夜の森は静かで、遠くの虫の声だけが薄く続いていた。
ナッシュが炎の揺れを見つめたまま口を開く。
「整理しよう。今日わかったことは一つ。物理攻撃は通る」
低い声が、火の音に溶けた。
「ただし、反撃の前に逃げる判断力がある」
「そうだ。知能はある程度ある。少なくとも、反射ではなく判断で動いている」
リーナが膝を抱え、顎を乗せる。
「でもさ、相手が何なのかがまだわかんないよね。霧に隠れて、姿を見せないで攻撃してくる。どのくらいの大きさなのか、何匹いるのか」
焚き火の向こうで影が揺れた。
「強敵、ですよね」
ミレイアの声は小さく、炎の向こうに溶けるようだった。
「霧を操って、魔力を食べて、姿を消して……かなり厄介な相手だと思います」
誰もすぐには答えなかった。火の爆ぜる音だけが、間を埋める。
見えないものを想像するとき、人はそれを過剰に大きくする。炎の向こうに、輪郭のない何かがいるような気がした。
「臆病なんじゃないの」
シャムロックの声が、気の抜けた調子で落ちてきた。
焚き火の向こうで寝転がったまま、腕を枕にしている。目は閉じたままだった。
全員の視線がそちらへ向く。
「霧に隠れて、コソコソ攻撃して、失敗したら逃げる。ほとぼりが冷めたら、また狙いに来る」
沈黙が落ちる。
薪が崩れ、火が一段強くなった。
シャムロックが片目をわずかに開ける。視線を受けて、居心地が悪そうに肩を揺らした。
「いや、なんとなくそんな感じがしただけっていうか」
「……それなら辻褄の合うことが多い」
ナッシュが腕を組む。炎の光が額に影を落とす。
「あんなに霧を撒き散らしながら攻撃が続かないのもそういうことか。霧を維持するのに体力を使っていて、そもそも長時間戦えない」
シャムロックの視線がわずかに泳いだ。軽口のつもりだったものが、形を持ち始めている。
「や、わからんけどね?」
「臆病なのだとしたら」
低い声が差し込まれた。ドーランだった。
薪を動かす手を止めずに言う。
「反撃の恐れがある以上、我々――いや。シャムロックには近づいてこないのではないか」
「ありそ〜!」
リーナが手を打つ。乾いた音が夜気に弾けた。
グレンは炎を見つめたまま、ふと思いつく。
「じゃあシャムロックがここで暮らせば解決すんのか」
火の向こうで、気配が動いた。
シャムロックの目が開く。露骨に嫌そうな顔だった。
「そうなったらお前もここで暮らすんだよ」
「なんで!?」
即座に返す。自分が巻き込まれる発想がまったくなかった。
シャムロックは寝転がったまま、こちらを指差す。
「コンビだろうが。逃がさねぇぞ」
笑いが弾けた。リーナが腹を抱え、ナッシュが額を押さえる。ミレイアは困ったように笑い、ドーランの口元がわずかに緩んだ。
笑いが引くのを待って、ナッシュが息を整える。
「相手はここ数日狩りを失敗していることになる。焦るかもしれないし、反撃を警戒して慎重になるかもしれない。どちらにせよ、気を引き締めていこう」
全員が頷いた。
火の熱が頬に当たる。ぱち、と小さく音がした。
「……奴の正体に関して」
グレンが口を開く。
言葉を探しながら、思考を繋いでいく。杖の先で地面を軽く叩くと、乾いた感触が手に返る。
「奴の攻撃は物理的なものだ。シャムロックの反撃が通った。そして射撃ではない。弾体の類は残っていない。つまり何かを飛ばしているのではなく、届く距離から直接突いている」
「剣に残った粘液を考えると——」
ナッシュの言葉に、グレンは小さく頷く。
「肉体の一部だ。粘液を分泌する器官で、高速の刺突を行う。引っ込めるのが速い。伸ばして、突いて、戻す。全部一瞬で終わる」
頬に残る冷たい感触を思い出す。あの粘りと、弾力。
「……舌?」
リーナが呟いた。
「大トカゲ……?」
「大ガエルかも」
沼地に棲むモンスターの名が挙がる。浅層では珍しくない存在だ。長い舌で獲物を絡め取り、丸呑みにする。
だが。
「霧を操るなんて聞いたことない」
「あいつらの舌にそこまでの貫通力あるかな」
「魔力を好む習性も」
「新種なのかな」
「突然変異?」
声が重なり、火の音に混じる。
グレンは炎を見つめたまま、しばらく黙っていた。
揺れる光の中で、仮説を組み直す。
「わからない。だが、少なくとも攻撃手段と粘液の性質は大トカゲや大ガエルに近い。霧の能力は後から獲得したものかもしれない」
変異。
その言葉が、火の粉とともに夜の闇へと消えていった。




