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天元魔術師と白詰草 ~孤独な最底辺魔術師、訳あり無気力剣士と大森林の異変に挑む~  作者: 藍川葵
交易都市セルディア

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霧への備え

 グレンが参加を告げたあと、場の流れは自然に二つへ割れた。ルドガーは短く頷いて支部長室へ戻り、評議会への対応に入る。扉が閉まると、廊下の奥に残っていたざわめきが一度途切れ、代わりにロビーの空気がわずかに緩んだ。残された六人は、ロビーの端にある木の卓へと集まる。使い込まれた天板は細かな傷で白くかすれており、手を置くとわずかにざらつきが伝わってきた。


 ナッシュが改めて地図を広げた。羊皮紙が擦れ、乾いた音が卓に落ちる。踏み込んだ話をするつもりなのが、その手つきでわかった。


「現状をまとめる」


 グレンは小さく頷いた。


「僕たちが霧に遭遇したのは、この地点だ」


 ナッシュの指が、地図に付けられた点を順に指す。いびつながらも、一定の範囲内にあることがわかる。その中心には。


「沼」

「ああ。この沼地が霧の中心じゃないかと考えている」

「霧は常に出てるわけじゃないんだよ。一気に出て、攻撃があって、消える」

「霧が出ると、視界はほぼ失われます。そこにいる仲間も見えなくなる」

「攻撃は高速の刺突。でも視界が死んでるし、どこから来るのか全然わかんない」

「そして、ターゲットはミレイアに集中していた」

「霧全体が薄く魔力を帯びていて、攻撃の直前に魔力のうねりがあります。それでなんとか回避できています」


 突発的に発生する魔力を帯びた霧。特定の対象に攻撃を加え、晴れる。

 自然の物でないことは明白だ。しかし、やはり魔術師の仕業とは思えない。

 失敗しているのに同じ相手に同じ手段を繰り返す。バカの一つ覚えだ。


「付近に、同じ相手に襲われたとみられる小型モンスターの死体もあった。刺突で一撃。だが、肉を食われた形跡がない」

「ただ殺しただけってことか」

「襲われて、返り討ちにしたとか」

「可能性はある」


 グレンは視線を地図に落としたまま問う。


「霧の中で、どうやってミレイアを探知してるんだ。視覚でないなら、体温か、聴覚、嗅覚……」


 ミレイアが身を縮めた。椅子の軋む小さな音がする。


「待ってください! 私、臭くなんてしてないですよ!」


 場の張りがわずかに緩む。


「いい匂いに惹かれたのかもしんないじゃん」


 リーナが間髪入れずに乗る。軽い調子だった。

 ミレイアは一瞬きょとんとしてから「そ、それならまあ……」と口の中で言葉を転がした。納得しかけている自分に気づいたのか、少し頬が緩む。


「もしくは女好きとか」


 グレンがぼそりと付け足す。自分でも深く考えていない声音だった。


「それならあたしも狙われなきゃおかしいでしょーが」


 リーナがすぐに噛みつく。卓を軽く叩き、木が低く鳴った。

 ナッシュが軽く咳払いをして、話を元へ戻した。乾いた咳が一度だけ響く。


「攻撃は連続しない。一度防げば、その場は収まる」

「でも、しばらく時間を空けて、次の日とかにはまた霧が出る」


 リーナが指で宙に円を描いた。指先が空気を切る感触を確かめるように、ゆっくりと回す。


「追撃できない事情があるのか。体力か魔力の消耗が激しいのかもしれない」


 グレンは顎に手を当てた。間隔を空けて攻撃を繰り返す。一撃離脱。持久力がないのか、それとも一回の狩りにかかる負荷が大きいのか。いずれにせよ、持続戦にはならない前提で動いている。


「明日の早朝に出発できるか」


 ナッシュが問うた。


「できる」


 グレンは即答した。荷はすでにまとまっている。あとは動くだけだった。

 視線を横にずらし、シャムロックを見る。シャムロックは椅子の背にもたれ、天井をぼんやりと眺めていた。光を受けた梁の影が、その顔にゆっくりと落ちている。


「聞いてた?」

「聞いてた」


 気のない返事だった。


「どう思う」


 グレンが重ねる。


「頭のいいやつが考えた方がいい。俺は斬るだけだ」


 実にあっさりとした言い方だった。肩に力も入っていない。


 リーナが小さく吹き出す。笑いを堪えきれなかったような、短い息の音だった。ナッシュが苦笑する。ミレイアは困ったような顔をしながらも、どこか安心したように息を吐いた。


 ドーランだけが、シャムロックの方をもう一度見た。

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