表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天元魔術師と白詰草 ~孤独な最底辺魔術師、訳あり無気力剣士と大森林の異変に挑む~  作者: 藍川葵
交易都市セルディア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/72

食い違う功績

 部屋の空気が沈んだ。

 誰かが何かを言ったわけでもないのに、呼吸がわずかに引っかかる。胸の奥に、鈍い圧がかかる。

 ナッシュたちが討伐者。

 言葉だけは理解できる。しかし、意味が噛み合わない。


「なんで?」


 自分の声が、思ったより低く出た。喉の奥で擦れるような音だった。

 頭の中に、掲示板の空欄が浮かぶ。あの空白。何も書かれておらず、妙に目を引いた場所。

 あれと、今の話が繋がる気がした。

 ナッシュが口を開く。さっきよりも抑えた声だった。だが、視線はまっすぐ二人に向いている。


「誤解を生んでしまった。決してあなたたちの手柄を横取りするつもりはなかった。説明させてもらえないだろうか」


 言葉は整っている。迷いもない。だが、どこかで詰まっている感じがした。

 ルドガーが小さく頷く。

 ナッシュが息を吸う。そのとき、乾いた喉が小さく鳴った。やけに耳についた。


「僕たちは、あなた方がベオルンを討伐した二日後に、宿場町エルドンに立ち寄った。そこで護衛を探している商人に会った」


 その瞬間、グレンの中で何かが嵌まった。音がした気がした。歯車が噛み合うような感覚が、はっきりあった。


「報酬は安かったが、僕たちの目的地もセルディアだった。ついでだと思って引き受けた」

「ゴランか」


 隣から、シャムロックの声が落ちる。低く、揺れない声音だった。

 ナッシュが頷く。


「道中で知った。彼の隊商がベオルンに襲われたこと。護衛が返り討ちにしたことも」

「……あのケチが」


 グレンの口から、乾いた笑いが漏れた。

 顔が浮かぶ。金を出し渋り、得になることなら途端に饒舌になる男だ。


「セルディアに着いた後、彼は――まあ、感動していた。僕たちを素晴らしい冒険者だと言って回ったようだ」


 グレンはシャムロックと目を合わせた。

 シャムロックの目が、わずかに細まる。眠気の色が消えている。同じ結論に至った顔だった。


「ベオルン討伐の報せも同時期にセルディアに届いていた。ベオルンに襲われた隊商。護衛の冒険者。ゴランと一緒にセルディアに着いた僕たち。情報が、勝手に繋がった」


 空気が、さらに重くなる。


「否定したんです」


 小さな声が差し込んだ。白ローブの女――ミレイアだった。


「でも、誰も信じてくれなくて」


 弓手のリーナが頷く。その動きに疲労が滲んでいる。


「謙遜だと思われた」


 ナッシュが言う。苦味が混じっていた。

 沈黙が落ちた。音が消える。誰も動かない。呼吸の音だけが、やけに近く感じられる。

 グレンはナッシュたちを見る。

 嘘はない。少なくとも、この場で嘘をついている顔ではない。

 筋は通っている。誰も悪くない。

 それでも胸の奥に、何かが沈んでいる。

 昨晩、掲示板を見たときと同じものだった。言葉にもならない。ただ、沈んでいる。

 重さだけがある。


「なんだそれ」


 口から出た声は、思ったよりも軽かった。力が乗らない。

 その直後だった。


「お前がゴランに『口を出すなら金も出せ』とか噛み付くから……」


 シャムロックが言った。

 低い声だったが、そこに明確な棘があった。

 グレンが一瞬固まる。理解が追いつかなかった。だが、わかった。

 自分たちが“まともな護衛”ではなかったから、名前が残らなかった。


「俺のせいかよ!」


 反射だった。考える前に口が動く。


「お前だって『道中の食費と宿泊費はそっち持ちでないと無理っすね~、まさか自腹とか言わないっすよね~』とか言ってただろ!」

「だってそうしてもらわんと俺何も食えなかったし」


 あっさり返ってくる。悪びれない。どこまでも平坦だ。


「お前そこまで金なかったの!?」


 声が上擦る。自分でも少し驚くくらいに。


「お前も似たようなもんだったろ」

「し、食事代くらいあったわ!」


 つまらない言葉がぶつかる。中身は無いに等しい。だが、止まらない。

 さっきまで胸に溜まっていたものが、別の形で抜けていく感覚があった。


「当初から相談を受けていてね」


 ルドガーの咳払いが入る。空気がわずかに揺れる。

 視線が行き来する。状況を整え直す目だった。


「どうしたものかと思っていたが、当事者に直接会えてよかった。掲示板の空欄も見ただろう。あれは保留にしてある。当事者が不明だったからだ。追って、正式に記録を整理する」


 グレンは何も言わなかった。言えなかった。

 ただ、「保留」という言葉だけが、はっきりと残る。

 頭の中で、その言葉が静かに沈んでいく。

 あんな、死にそうな目に遭ったのに。よくわからないからと、存在をなかったことにされている。軽んじられている。その原因は自分にある。


 ルドガーが壁の振り子時計を見る。規則的な振動音が、今さら耳に入ってくる。

 革靴の踵が床を打つ。乾いた音が、小さく響いた。


「では、登録の話をしよう」


 空気が切り替わる。


「シャムロックくんの登録手続きだが……その前に、ランクの話を一度させてほしい」


 説明は簡潔だった。条件、例外、制限。

 グレンは隣を見る。

 シャムロックの顔は変わらない。朝からずっと同じ、気の抜けた表情のままだ。

 面倒ごとを嫌う顔だ。


「ということで、実力の確認をさせてほしいんだが」


 グレンは、断るだろうと思った。


「いや~……別にいいっす」


 予想通りの声だった。力がない。やる気もない。


「えっ、なんて」


 ルドガーの声が揺れる。初めて、表情が崩れた。


「銅級でいいです」


 シャムロックは平然としている。


「今の説明、聞いてた?」

「聞いてました」


 肩をすくめる。


「でも普通はそこからですよね」


 グレンは黙って見ていた。

 意外ではない。むしろ、らしい選択だった。

 昨夜の時点で、もう面倒くさかったのだこの男は。

 ベオルン討伐の証明書は持ち歩いていないから銅級スタートでいい、と落し所を提示したのに、ギルドの都合を押し付けられた。

 証明書を見せたら見せたで「実力を確認させろ」という。

 シャムロックの妥協案がすべて無視されている形だ。


 ルドガーの目が細くなる。今度は別の意味で。


「この手の稼業が本当に初めての人はね。でもきみ、絶対何かの経験者でしょ」

「いやいや、冒険者のノウハウなんてこれっぽっちも……」


 シャムロックはそこで、グレンを見た。

 視線が、上から下まで滑る。


「お前も別にノウハウなさそうだな」

「急な飛び火で火傷させてくんのやめろ。ぶっ飛ばすぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ