偽りの討伐者
「まず、登録手続きを中断する形になったことを詫びたい」
低く抑えた声だった。耳に引っかからないようでいて、妙に残る響き方をする。
「先ほど見せてもらった報奨金受領証は正式なものだった。つまり君たちが、ベオルン盗賊団を討伐した当事者なんだね」
静かな確認だった。だが、目だけが違っていた。緑の瞳が、こちらの反応を削り取るように見ている。
試されている、とグレンは思った。
隣でシャムロックがわずかに視線を動かした。眠たげな気配のまま、しかし意識だけは起きている。
「……まあ」
「そうだな」
短く答える。余計なことを足す気にはならなかった。
ルドガーの目がほんのわずかに細くなる。納得というより、観察を一段深めたような変化だった。
「少し聞かせてほしい。ベオルンと戦ったときの状況を」
指先が卓上の紙をなぞる。乾いた紙の擦れる音が、やけに大きく感じられた。朝の光が窓から差し込み、羊皮紙の凹凸を白く浮かび上がらせている。
「ゴラン氏の証言では、隊商の護衛中に遭遇したとある」
「そうだ」
自分の声が、思ったよりも平坦に出た。妙な場だ、とグレンは内心で思う。尋問ではないが、ただの確認でもない。
「盗賊団の斥候を退け、さらに本体の襲撃を受けて、頭目を討ち取った」
「そうなるな」
シャムロックが補う。隣から、わずかな体温が伝わってくる。
「初対面の二人で」
言葉が空気に沈んだ。
グレンは何も返さなかった。事実だけを並べられると、逆に現実味が削がれる。四十人超の盗賊団を、初対面の二人で壊滅させた。
やったのは自分たちだ。それでも、他人の口から聞くと、どこか妄想じみている。
「撤退戦から正面戦闘への切り替えだ。もっとも難しい状況のひとつだよ」
評価ではなかった。重さの確認だった。
「本当ならすごいことだ。だからこそ、直接会って確認したかった」
なるほど、とグレンは思う。紙は結果しか示さない。そこに至る過程も、力量も、何も証明しない。
この男は、人間を見に来たのだ。
「それから、もう一つ」
声の質が変わった。わずかだが、重心が下がる。
「話しておかなければならないことがある。今の段階で」
ルドガーが立ち上がる。椅子の脚が床を擦る音が、やけに長く響いた。重い扉が開くと、外の冷たい空気が一瞬だけ流れ込む。
「入ってくれ」
廊下にいた四人が入ってきた。
金属の擦れる微かな音。革の軋み。朝日の斜光が、彼らの装備の縁を光らせる。
先頭の青年が一歩踏み込んだ。その視線がこちらに届く。さっき見たときの迷いは消えていた。代わりに、腹を括った者の硬さがあった。
次の瞬間、青年が頭を下げる。
「本当にすまない!」
迷いがなく、勢いがあった。言葉が身体を追いかけてくる。
グレンは眉を寄せた。
理由がわからない。名も知らぬ相手から謝罪される謂れがない。
後ろの三人も続けて頭を下げる。四つの頭が揃って下がる光景は、圧があった。
受付、掲示板の討伐情報、ルドガーの聞き取り。すべてベオルン討伐者に焦点が当たっている。そして、今現れた四人組。
嫌な予感がした。
「なに急に」
声が少し上ずった。右肩がシャムロックに当たる。近い。四人も増えたのだから、もう少し距離を取ればいいのに。
ルドガーが手を上げた。
「ナッシュ。話には順序がある」
青年――ナッシュが顔を上げる。青い目が真っ直ぐこちらを見る。その視線には誤魔化しがない。
「紹介しよう。セルディアを拠点に活動しているパーティだ。ナッシュ、ドーラン、リーナ、ミレイアだ」
順に会釈が返る。
グレンは反射的に観察する。茶髪の軽戦士。黒髪の重戦士。濃緑髪の弓手。淡い金髪の回復術師。装備は使い込まれているが、手入れは行き届いている。連携前提の構成だ。場数も踏んでいる。
一目でわかるまともなパーティだ。
ルドガーが続ける。
「魔術師のグレンくん、剣士のシャムロックくんだ」
軽く頭を下げる。シャムロックは小さく頷くだけだった。
「セルディアには東方領と交易している商人も多い。ベオルンの被害を受けた者は少なくない。討伐の報せが届いたとき、皆安堵した」
グレンは何も言わず、続きを待った。頭の中で、情報を組み替えていく。
なぜ謝罪が先に来たのか。
なぜこの四人が呼ばれたのか。
嫌な形で、点が繋がり始めていた。
隣でシャムロックがわずかに首を傾げる気配がある。
「だが、現在セルディアでは――」
ルドガーが言葉を切る。その一瞬の間が、やけに長く感じられた。
「彼ら、ナッシュのパーティが討伐者だと認識されている」
予想していたはずなのに、腹の奥が鈍く冷えた。
グレンは何も言わなかった。ただ、目の前の四人を見た。
彼らは目を逸らさなかった。




