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天元魔術師と白詰草 ~孤独な最底辺魔術師、訳あり無気力剣士と大森林の異変に挑む~  作者: 藍川葵
銀貨二十枚の護衛

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金貨十枚の重さ

 ゴランは衛兵詰所の硬い椅子に腰を下ろし、落ち着かない様子で何度も尻をずらしていた。板張りの座面が尻に食い込み、じわりと鈍い痛みが広がる。膝の上で組んだ手のひらには、じっとりと汗が滲んでいた。

 目の前のカップからは、すでに湯気が消えている。口をつけていない茶は冷え切り、薄い渋みの匂いだけが鼻に残った。

 扉が軋む音を立てて開き、衛兵隊長のビクトルが入ってきた。外気とともに革と鉄の匂いが流れ込む。彼は卓に帳簿を置き、迷いのない手つきで頁を開いた。


「ベオルンは東方領で指名手配中の賞金首『赤熊』に間違いありませんでした。報奨金は金貨二百枚」


 空気がわずかに張り詰めた。


「に、にひゃく……」


 ゴランの舌がもつれた。喉の奥が乾き、唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。金貨二百枚。その響きだけで、頭の奥に鈍い熱が広がる。隊商を三つ持てる額だと、反射的に計算していた。


「分配ですが」


 ビクトルは帳簿の余白に羽ペンを走らせた。紙を擦る音が静かな室内に細く響く。


「討伐功績としてグレン氏とシャムロック氏に金貨百六十枚。通報報奨としてゴラン殿に金貨十枚。残りは衛兵隊および王国の手数料です」

「十枚……」


 言葉がこぼれた瞬間、胸の内で何かが沈んだ。二百という数字を見せられた後の十は、やけに小さく感じられる。指先に残っていた熱が、すっと引いていく。

 少なくはない。数か月は暮らせる額だと頭では分かっている。それでも、喉の奥にざらついたものが引っかかったまま落ちない。


「あの……もう少し何とか……」


 声は思ったよりも弱く、乾いていた。


「ゴラン殿」


 ビクトルの声は低く、柔らかかったが、逃げ場を塞ぐような硬さを帯びていた。


「彼らがいなければ、あなた方は全員生き延びられなかったかもしれません。護衛報酬が銀貨二十枚だったことを考えれば、この按分は妥当です」


 銀貨二十枚。


 その言葉が、胸の奥に重く落ちた。あのとき、値切った自分の声が、耳の奥で生々しく蘇る。乾いた笑いと、軽い調子で提示した金額。

 ゴランは口を閉ざした。舌の裏に苦味が広がり、言葉が出てこない。


「……わかりました。その条件で結構です」


 絞り出した声は、どこか他人のもののように聞こえた。


「賢明なご判断です」


 ビクトルが頷く。羽ペンが再び走り、紙に刻まれる音が妙に耳についた。


「なお、シャムロック氏は短期間での復帰が可能でしょう。一方グレン氏は右腕と左脚の重度損傷により、長期療養が必要となります」

「そんなに……」


 息が詰まった。喉が締まり、言葉が途中で途切れる。血の匂いと、昨夜の光景が脳裏に蘇った。倒れた身体。動かない手足。


「あの若い魔術師が、自分たちの盾になった」という認識が、遅れて形を取る。


「両名とも生還できただけでも奇跡的です」


 ビクトルの声が遠のいた。室内の空気が重く、鈍く沈んでいく。

 ゴランは椅子を押しのけるように立ち上がり、詰所を出た。外の空気は冷たく、肺に入るとわずかに痛みを伴った。

 夕暮れの空を見上げる。雲の切れ間に沈みかけた陽がにじみ、街並みを鈍く照らしている。


 金貨十枚。


 その重みを手に取るように想像した瞬間、掌がじわりと湿った。あの二人の血の温度が、そこに残っているような気がした。


 重い、と彼は思った。


 それは金の重さではなかった。胸の奥に沈み込み、呼吸のたびにわずかに軋む、逃れようのない感触だった。

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