残響の静寂
沈みかけた夕陽が、地面に広がる血溜まりを鈍く照らしていた。赤黒く粘ついた液面が光を弾き、乾きかけた縁からは鉄臭い匂いが立ち上る。
風が低く吹き抜け、踏み荒らされた草を擦り合わせた。ざらついた葉が触れ合う音だけが、戦場の静寂に残されていた。
グレンは仰向けに倒れていた。
背中に触れる地面は冷え始めており、湿った土の感触が衣服越しに滲んでくる。空は赤く染まっている。その色が夕焼けによるものか、自身の流した血が視界を濁らせているのか、判別がつかなかった。
右腕はだらりと伸びたまま動かない。左脚も同様に沈黙している。
呼吸のたびに胸郭の奥が軋み、肺の奥底で何かが擦れる感触があった。吐き出す息は熱を帯びているのに、唇を掠める空気は冷たい。口内には濃い鉄の味が広がっていた。
視界の端で、色が揺れた。
緑色だったはずの髪が、血と夕陽を受けて濁った色に変わっている。
荒い呼吸がまだ整わず、肩が上下している。近づく足取りは重く、踏みしめるたびに土が鈍く沈んだ。肩口の裂傷からは血が流れ続け、滴が地面に落ちて小さな染みを増やしていく。
「おい。生きてるか」
「……ああ」
かすれた声が返る。音として成立するまでにわずかな遅れがあった。
グレンの胸は微かに上下しているが、身体はまるで別のもののように動かない。
「動くな。ゴランが救援を呼んでるはずだ」
シャムロックはマントを外した。布地が空気を切る音がわずかに響く。
それをグレンの上にかけ、首元へ引き寄せる。布に残った体温がゆっくりと移り、外気の冷えを遮る。
「世話を……焼くな」
弱々しい声だった。抵抗の調子は薄れ、言葉の棘はほとんど残っていない。
「黙ってろ。熱が出始めてる」
シャムロックは額に手を当てた。皮膚は異様なほど熱を帯びている。その下で脈が速く打っていた。
「お前の声が」
「あん?」
グレンの瞼が落ちかけている。焦点の合わない灰色の瞳が揺れ、視線が定まらない。
「聞こえたから……立ち上がれた」
吐息とほとんど変わらない声だった。
それはこれまでの彼の口調とは明確に異なっていた。
シャムロックはすぐには返さなかった。
風が再び吹き、二人の間を冷たい空気が通り抜ける。
「……そうか」
短く答え、隣に腰を下ろした。
剣を膝の上に横たえ、背筋を保つ。視線は周囲に向けられたまま、微動だにしない。
「なあ」
グレンの呼吸は浅く、間隔も不安定になっていく。
胸の動きがわずかに遅れ、再び持ち上がるまでに空白が生じる。
「……おわった、のか」
掠れた声が途切れ途切れに漏れた。
シャムロックは答えなかった。
風の音の向こうに、何も聞こえない。だが静寂は安全を意味しない。森の奥には何が潜んでいるかわからない。救援が間に合う保証もない。
それでも。
「大丈夫だ」
低く、短い声だった。
その言葉に根拠はない。周囲の状況は何一つ好転していない。
「俺がついてる」
グレンの唇がかすかに動く。声にはならない。表情の変化もほとんどないが、そのわずかな動きだけが反応だった。
「少し……眠る」
その言葉を最後に、首が力を失って傾いた。
呼吸だけがかろうじて続いている。
シャムロックはマントの端をもう一度引き上げた。
夜の冷気が地面から這い上がり、足元から体温を奪っていく。指先がじわじわと冷えていくのがわかる。焚き火を起こす余力は残っていない。
空に星が現れ始めた。ひとつ、またひとつと増えていく。
シャムロックは隣の呼吸に意識を向け続けた。間隔を数え、途切れていないことを確かめる。
そこに留まる。それ以外に取れる行動はなかった。
やがて、意識を繋ぎ止めていた緊張が緩む。
視界がゆっくりと暗く沈み、音も遠ざかっていく。
その場に残るのは、二つのか細い呼吸だけだった。




