銀貨二十枚の護衛
「銀貨二十枚で片道一週間の依頼を受ける冒険者などいない」
「銀貨二十枚だぞ!? 十分すぎるだろうが!」
「十分なわけあるか!」
怒声がぶつかり合い、乾いた空気を震わせた。
街はずれの馬留め広場。
踏み固められた土はひび割れ、風が吹くたびに砂埃が舞い上がる。
鼻の奥にざらつきが残り、口の中まで乾いていく。
繋がれた馬たちが落ち着きなく首を振り、革の手綱が軋む。
蹄が地面を打つたび、鈍い振動が足元から伝わった。
馬番の老人が舌打ちする。
しわだらけの手で手綱を強く引き、暴れかけた一頭を押しとどめた。
――広場の揉め事は、いつだって馬が一番迷惑を被る。
◆ ◆ ◆
交易商の一行が、足止めを食っていた。
荷を満載した馬車が二台。油の染みた木板と縄の匂いが、熱気に混ざってむせ返るようだ。それと幌馬車が一台。幌は日に焼けて色を失っている。
飼葉を噛む馬もいるが、多くは耳を伏せ、鼻息を荒くしていた。汗の匂いと獣臭が、風に乗って広場に広がる。
頭領のゴランは、渋い顔で腕を組んでいた。三十代半ば。日に焼けた肌に、無精に伸びた髭。厚手の外套越しにも分かる肩幅は広く、商人というより戦場帰りの兵のような圧を持っている。
視線の先にいるのは、グレンと名乗る魔術師だった。黒髪に灰青の瞳。ローブは擦り切れ、裾はほつれ、長く使い込まれているのが一目で分かる。手にした杖は細く、歪み、握るたびにわずかに軋む安物だ。
風が吹く。砂埃がローブの裾を叩き、乾いた音を立てた。
ゴランの眉が寄る。
「あんた、依頼内容間違えてないか?」
声には、明確な不信が混じっていた。
「セルディアまでの護衛だろう。間違えてない」
グレンが即答した。
セルディア。ここから馬車で五日。街道の要衝にして、金と宝石が集まる都市。
ゴランは額を押さえた。指の間から、深い溜息が漏れる。
「間違いであってほしかった……」
「どういう意味だ」
グレンの声が低くなる。
「あんたみたいな若造が、単騎で護衛なんて無茶だろう」
「無茶じゃない」
間髪入れずに返すと、襟元からペンダントを引き抜いた。金属が触れ合い、かすかな音を立てる。六芒星の石座に、深い青の石。陽光を受けて、冷たい光を返した。
「俺はこれでも《蒼玉級》魔術師だ」
ゴランの視線が、その青に吸い寄せられる。顎に手をやり、値踏みするように見つめた。
「へぇえ……」
低い声が漏れる。
だがすぐに、視線はグレンの全身へと戻った。擦り切れたローブ、頼りない杖、痩せた体躯。
「俺は魔術師ギルドじゃなくて、冒険者ギルドに依頼を出したんだ。あんた、冒険者ランクは?」
一瞬の間。グレンの眉間に皺が寄る。
「……《鉄級》だ」
風に紛れそうなほど小さな声だった。ゴランは言葉を失う。鉄級冒険者とは、初心者とは言えないが一人前とも言えない、そんな中途半端な階級だった。
砂埃が舞い上がり、沈黙の隙間を埋める。
「……せめて二人でお願いできない?」
グレンは腕を組み、顎を上げる。
「ランクが低くても問題ない。俺なら大丈夫だ」
その言葉にゴランが首を振る。
「その“大丈夫”を決めるのは、あんたじゃない。俺だ」
言葉は穏やかだが、拒絶は明確だった。
「大丈夫だって言ってるだろ!」
魔術師の声が裏返る。砂埃が跳ね、近くの馬が短くいなないた。
◆ ◆ ◆
グレンの胸の内で、何かが軋んでいた。依頼人の言い分は理解できる。それでも、納得はできなかった。
(こんな依頼料で贅沢言うなよ……!)
舌の裏に、苦いものが滲む。
片道一週間の護衛依頼。相場は銀貨三十枚前後だ。しかし、この男が提示した金額は銀貨二十枚。その時点で、まともな冒険者ならまず受けない。だが――。
(受けたのは、俺だ)
宿代も尽きかけている。パンの硬さを思い出すだけで、顎が疲れる気がした。
「せめてあと一人欲しいな……」
ゴランが思わず漏らした一言が、胸の奥を抉った。過去の光景が、断片的に蘇る。
一人でできることなど限られている。パーティを組みたいと思ったことは何度もあった。だが、その度に追い払われてきた。「お前と一緒だと作戦が崩れる」「指示に従わない」「連携が取れない」そんな理由で。
「《鉄級》で構わないからさ、仲間を呼んでくれないか?」
グレンは短く息を吐いた。
「いない」
素っ気なく告げる。言葉にするのもみっともなく辛い。ゴランは困惑したように眉を寄せた。
「え、ああ……今は手の空いてる冒険者がいないのか」
気遣うような声色に、グレンはますます惨めになる。
「違う。いや、違わないか……」
グレンは視線を落とす。砂の粒が、風に押されて足元を流れていく。
「俺には協力を頼めるような知り合いはいないし」
顔を上げる。
「銀貨二十枚で片道一週間の依頼を受ける冒険者もいない」
「なんだって!?」
ゴランの声が跳ね上がる。
「銀貨二十枚だぞ!? 十分すぎるくらいだろうが!」
「十分なわけあるか!」
グレンも負けじと言い返す。
「往路一週間の護衛なら、最低でも銀貨三十枚だ。護衛二人なら、それぞれにな!」
「バカ言うな!」
ゴランは顔を赤く染め、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「そんな金があれば苦労しねぇ! うちは零細なんだぞ! 銀貨六十枚なんて出したら利益が吹っ飛ぶ!」
「だったら俺一人で納得しろ! 口を出すなら金も出せ!」
声が重なり、広場に響き渡る。人々の視線が集まる。ざわめきが広がる。馬が苛立ち、蹄で地面を打つ。
空気が張り詰める。
その均衡が、今まさに弾けようとした瞬間だった。
「よう。賑やかだな」
低い声が割り込んだ。




