表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天元魔術師と白詰草 ~孤独な最底辺魔術師、訳あり無気力剣士と大森林の異変に挑む~  作者: 藍川葵
銀貨二十枚の護衛

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/74

銀貨二十枚の護衛

「銀貨二十枚で片道一週間の依頼を受ける冒険者などいない」

「銀貨二十枚だぞ!? 十分すぎるだろうが!」

「十分なわけあるか!」


 怒声がぶつかり合い、乾いた空気を震わせた。


 街はずれの馬留め広場。

 踏み固められた土はひび割れ、風が吹くたびに砂埃が舞い上がる。

 鼻の奥にざらつきが残り、口の中まで乾いていく。


 繋がれた馬たちが落ち着きなく首を振り、革の手綱が軋む。

 蹄が地面を打つたび、鈍い振動が足元から伝わった。


 馬番の老人が舌打ちする。

 しわだらけの手で手綱を強く引き、暴れかけた一頭を押しとどめた。


 ――広場の揉め事は、いつだって馬が一番迷惑を被る。


 ◆ ◆ ◆

 

 交易商の一行が、足止めを食っていた。

 荷を満載した馬車が二台。油の染みた木板と縄の匂いが、熱気に混ざってむせ返るようだ。それと幌馬車が一台。幌は日に焼けて色を失っている。

 飼葉を噛む馬もいるが、多くは耳を伏せ、鼻息を荒くしていた。汗の匂いと獣臭が、風に乗って広場に広がる。


 頭領のゴランは、渋い顔で腕を組んでいた。三十代半ば。日に焼けた肌に、無精に伸びた髭。厚手の外套越しにも分かる肩幅は広く、商人というより戦場帰りの兵のような圧を持っている。


 視線の先にいるのは、グレンと名乗る魔術師だった。黒髪に灰青の瞳。ローブは擦り切れ、裾はほつれ、長く使い込まれているのが一目で分かる。手にした杖は細く、歪み、握るたびにわずかに軋む安物だ。

 風が吹く。砂埃がローブの裾を叩き、乾いた音を立てた。


 ゴランの眉が寄る。


「あんた、依頼内容間違えてないか?」


 声には、明確な不信が混じっていた。


「セルディアまでの護衛だろう。間違えてない」


 グレンが即答した。

 セルディア。ここから馬車で五日。街道の要衝にして、金と宝石が集まる都市。

 ゴランは額を押さえた。指の間から、深い溜息が漏れる。


「間違いであってほしかった……」

「どういう意味だ」


 グレンの声が低くなる。


「あんたみたいな若造が、単騎で護衛なんて無茶だろう」

「無茶じゃない」


 間髪入れずに返すと、襟元からペンダントを引き抜いた。金属が触れ合い、かすかな音を立てる。六芒星の石座に、深い青の石。陽光を受けて、冷たい光を返した。


「俺はこれでも《蒼玉級》魔術師だ」


 ゴランの視線が、その青に吸い寄せられる。顎に手をやり、値踏みするように見つめた。


「へぇえ……」


 低い声が漏れる。

 だがすぐに、視線はグレンの全身へと戻った。擦り切れたローブ、頼りない杖、痩せた体躯。


「俺は魔術師ギルドじゃなくて、冒険者ギルドに依頼を出したんだ。あんた、冒険者ランクは?」


 一瞬の間。グレンの眉間に皺が寄る。


「……《鉄級》だ」


 風に紛れそうなほど小さな声だった。ゴランは言葉を失う。鉄級冒険者とは、初心者とは言えないが一人前とも言えない、そんな中途半端な階級だった。

 砂埃が舞い上がり、沈黙の隙間を埋める。


「……せめて二人でお願いできない?」


 グレンは腕を組み、顎を上げる。


「ランクが低くても問題ない。俺なら大丈夫だ」


 その言葉にゴランが首を振る。


「その“大丈夫”を決めるのは、あんたじゃない。俺だ」


 言葉は穏やかだが、拒絶は明確だった。


「大丈夫だって言ってるだろ!」


 魔術師の声が裏返る。砂埃が跳ね、近くの馬が短くいなないた。


 ◆ ◆ ◆


 グレンの胸の内で、何かが軋んでいた。依頼人の言い分は理解できる。それでも、納得はできなかった。


(こんな依頼料で贅沢言うなよ……!)


 舌の裏に、苦いものが滲む。

 片道一週間の護衛依頼。相場は銀貨三十枚前後だ。しかし、この男が提示した金額は銀貨二十枚。その時点で、まともな冒険者ならまず受けない。だが――。


(受けたのは、俺だ)


 宿代も尽きかけている。パンの硬さを思い出すだけで、顎が疲れる気がした。


「せめてあと一人欲しいな……」


 ゴランが思わず漏らした一言が、胸の奥を抉った。過去の光景が、断片的に蘇る。

 一人でできることなど限られている。パーティを組みたいと思ったことは何度もあった。だが、その度に追い払われてきた。「お前と一緒だと作戦が崩れる」「指示に従わない」「連携が取れない」そんな理由で。

 

「《鉄級》で構わないからさ、仲間を呼んでくれないか?」


 グレンは短く息を吐いた。


「いない」


 素っ気なく告げる。言葉にするのもみっともなく辛い。ゴランは困惑したように眉を寄せた。


「え、ああ……今は手の空いてる冒険者がいないのか」


 気遣うような声色に、グレンはますます惨めになる。


「違う。いや、違わないか……」


 グレンは視線を落とす。砂の粒が、風に押されて足元を流れていく。


「俺には協力を頼めるような知り合いはいないし」


 顔を上げる。


「銀貨二十枚で片道一週間の依頼を受ける冒険者もいない」

「なんだって!?」


 ゴランの声が跳ね上がる。


「銀貨二十枚だぞ!? 十分すぎるくらいだろうが!」

「十分なわけあるか!」


 グレンも負けじと言い返す。


「往路一週間の護衛なら、最低でも銀貨三十枚だ。護衛二人なら、それぞれにな!」

「バカ言うな!」


 ゴランは顔を赤く染め、唾を飛ばしながら叫ぶ。


「そんな金があれば苦労しねぇ! うちは零細なんだぞ! 銀貨六十枚なんて出したら利益が吹っ飛ぶ!」

「だったら俺一人で納得しろ! 口を出すなら金も出せ!」


 声が重なり、広場に響き渡る。人々の視線が集まる。ざわめきが広がる。馬が苛立ち、蹄で地面を打つ。

 空気が張り詰める。

 その均衡が、今まさに弾けようとした瞬間だった。


「よう。賑やかだな」


 低い声が割り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ